第127話 7月15日昼
ワイズはピュリス近郊の細い道を歩いていた。外見はワイズではなくて9歳のレニーだ。ワイズはレニーそっくりになってサヴァタン山に潜入していた。同じ家に住んでいた5人がひとまとまりで歩いている。カナスからこの5人で旅をしてきたらしい。
しかしこのチームに心のつながりは全くない。互いに名前さえ知らない。昨夜ワイズを含め3人の靴が無くなった。ワイズの靴はワイズが自分で隠したのだが。チームの群衆無力化作戦の一環である。探すふりをしたのだが、誰も探すのを手伝ってくれなかった。
3人の足はもう血だらけだ。ワイズは自分に痛み耐性をかけている。食事の量が減って、みんな腹ペコだ。これも無力化作戦。それなのにピュリスへ行って、城壁の中に入るという仲間の意欲は全く衰えていない。カリクガルの魅了は危険なほど強い。
ワイズは潜入中、カリクガルの強さを幾度も感じた。例えば潜入してから毎日飲まされた謎のポーションだ。そのポーションを飲むと力が充ち溢れ、身体強化されたようになる。実際それを飲んで訓練すると、効果がすごい。
レニーの攻撃力が成人並みになり、投擲のレベルが2になったのも、このポーションのおかげだろう。ワイズはそれを一瓶、マジックバッグに隠し持っている。事件が終わったら成分を分析して再現してみようと思っている。
ダンジョンコアのセバスはケリーからセンサーのスキルを一旦もらって、また返した。なんでそんなことをするのかって?
セバスは自分のダンジョン内では、スキルを使える。そしてすでにピュリスの大部分を一時的に自分のダンジョンとしている。つまりピュリスの大部分でセバスはセンサーのスキルを使えるのだ。
センサーのスキルは有用だ。セバスはそのスキルをさらに使いやすく改良した。まず戦場を立体的な箱庭のように表示する。敵と味方を色分けする。敵は赤。味方は緑。敵は強さによって明るさを変える。つまり強力な敵は明るい赤に見える。
どちらでもない存在は黄色にしておく。念話のイメージ共有で、チーム内ではこの箱庭を共有できる。それぞれが任意に拡大、縮小、視点移動ができる。高速検索もできる。これがチームが戦う上でどれだけ有用か。セバスはかなり期待している。
今夜、一真は全体の指揮をとることになる。アンジェラに憑依しながらだから知らない人はアンジェラが指揮しているように見えるだろう。だが本当の指揮は一真が採っている。センサーのスキルはまず一真が役に立ててくれるはずだ。敵が無数の群衆だから、センサーのようなスキルがどうしても必要なのだ。
カリクガルはこの世界で最強の魔術的存在である。セバスは会ったことはないが、彼女がジンウエモンの後継者であるという情報は知っている。
カリクガルと戦うのなら、どんな準備も無駄にはならない。ともかく圧倒的存在らしい。正面から戦ったら勝てる見込みなどないのだから。
ケリーにはあとでこの改良版センサースキルを渡しておこう。この1年間、結果が出ないのにケリーは頑張ってきた。少しは報われてもいい。
将来的にケリーは、センサーに鑑定を組み込むことになるだろう。そうなったら、どんな敵でも、その能力やスキル、状態、弱点をこの箱庭から知ることができる。数年後のケリーが楽しみなセバスである。もしケリーが生き延びられればだが。
ハルミナの領主の7男二コラは、早朝から一人待機している。いつでも出られるように。決意は誰にも秘密だ。おそらく7月15日の今日、彼等は動き出す。彼等とは伯父カナス辺境伯がハルミナに潜ませた傭兵50騎。カナス辺境伯が良く使うザッツハルト傭兵団だ。
彼等は昨夜は早く寝た。今朝動くに違いない。ピュリスへ行くなら馬でも、10時間近くかかる。7月15日の夜、ピュリスに天使が降臨するという噂は二コラでも知っていた。そこへ行くなら、朝のうちにハルミナを出なければならない。
神を信じない二コラには、その噂は悪意あるものとしか思えなかった。カナス辺境伯が傭兵団をハルミナに隠し、噂に乗じてピュリスを攻めようとしているのだと二コラは思っている。
二コラはハルミナを伯父の支配から切り離したいと思っていた。ハルミナが腐っていくのはこの伯父の支配のせいだ。二コラの家族である領主一族も、文官も武官も聖職者も、商人も、極道まで、みんな腐っている。清浄なのは姉の聖女だけだった。
二コラはカナス辺境伯の今日の行為を卑劣だと感じる。このザッツハルト傭兵団がピュリスを攻撃するなら討つつもりだった。傭兵団の隊長はかなりの美少年でそれも気に入らなかった。まさか二コラ一人で50人の傭兵を倒せるとはだれも思わないだろう。だからカナス辺境伯には、この反逆はばれないだろうと二コラは思っている。
それに相手は傭兵であって、カナス正規軍ではない。傭兵が街を襲うのを見て、助けるのは貴族の義務である。やましいことは何もない。そして自分がやったと疑われることもない。二コラは50人の傭兵を倒す手段を手に入れていた。
来世に冥界に落ちることの交換に、アンデッドの軍を手に入れていた。二コラはその戦力を試したくてしょうがないのである。この腐った街を改革し、自分が統治するためには、どうしても戦力が必要だった。
だから悪魔と契約をした。来世はまだ30年以上も先だ。二コラは生きているうちにハルミナの権力を手にしたいのだ。胸を弾ませる二コラ15歳である。
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