第126話 3日前

 いよいよあと3日で、群衆がピュリスに押し寄せる。作戦の確認の場が設けられた。いつもの4人である。一真がアンジェラに憑依している。内容は逐次、共有掲示板に書き込まれる。


「大事なことは群衆の死者を0にする。それが無理でもできる限り0に近づけることだ」


 領主の長男ダレンが発言する。戦いは常に情報戦だ。ダレンはこの天使降臨を自分に有利にする方策を既に考えていた。そのためにも群衆虐殺という汚名だけは避けなければならなかった。


「では当日の動きを確認していきます。正規軍のミレイユから」


 アンジェラが仕切る。一真が憑依していて、並列思考で必要なデータをアンジェラの脳内に示している。時には念話で現場の人間につなげる。もちろんそんなことは秘密である。


「正規軍110名。衛兵20名。麻痺毒による攻撃。毒霧による群衆の無力化。既に訓練済みです。魔道具の数も十分あり、事前の睡眠耐性剤の準備も終わっています。危険人物の事前逮捕は48人。準備万端です」

 

「では冒険者ギルドのケイト」


 ケイトの日焼けはますますひどくなっていた。黒い肌のアンジェラと変わらないくらいになっている。ギルマスが外に出て現場指揮をしているのだと分かる。


「冒険者113名。防戦に参加の意思を確認しました。殺さないことを徹底しています。麻痺攻撃、毒霧攻撃、ともに演習済みです。魔法が使えるものにはスクロールで呪縛スキルを与えています。追加で独自に落とし穴を設置しています。事前逮捕は39人。準備万端です」


 義勇軍から、アンジェラが発言する。


「索敵隊中心に事前逮捕者は、230人。敵は5人の小隊で行動していると判明しました。ただし全体の司令部はないもようです。義勇軍並びに索敵隊、予備役、合計79名。事前演習完了しています」


「わかった。準備は順調のようだ」


「ここで追加の作戦を提案します」


 アンジェラが発言する。ダレン以外はいぶかしげに彼女を見ている。


「許可する」


「城門の入り口に、別のダンジョンへの転移罠を仕掛けます。群衆はこの罠を通って、別のダンジョンへ転移し、2時間後、疲れ切って戻ってきます」


「「まさか」」


「私が既に効果確認している。この罠の使用は私が許可する」


「ありがとうございます。では作戦の発動順番を確認していきます」


 アンジェラが淡々と当日の動きを確認していく。まず城門を開けないことが最優先。群衆が集まりはじめた段階で呪縛をかけ、城門に近づかないようにする。すでに機会あるごとに呪縛はかけているが、重ね掛けしても問題ない。主担当は冒険者ギルド。魔道具も使えるので、適宜使用する。


 この段階でスキル強奪を行うのはチームとゾルビデム商会の護衛達だけが行う。魔道具を使えばだれでもできる。スキルの売買は支店長のテッドに任している。大きな金が動くので口を挟まれたくない。ダレンも1枚噛んでいるのは当然だ。


 群衆が動き始めたら麻痺攻撃、あるいは毒霧攻撃で敵を無力化し、拘束する。どちらを優先するかは現場で判断する。どちらも群衆の生命を奪うことはない。主担当は正規軍。冒険者ギルドはこの段階で落とし穴を発動。当日の開始指示はダレン、あるいはアンジェラから出す。


 もし何らかの理由で城門が開けられてしまったら、転移罠を発動。担当はアンジェラ。実際はエルザにやってもらう。麻痺攻撃、毒霧攻撃も継続。ここでミレイユから質問。


「麻痺攻撃、毒霧攻撃は必要ですか?転移罠に群衆全員誘引すればいいのでは」


 アンジェラが答える。(実は憑依している一真が答えているのだが)


「転移罠はどれだけの人数に対応できるか未確定です。安全のために、100人前後で使用を中止したいと思っています。一番勢いのある100人を誘引できれば、効果はかなりあるはずです」


 部隊の配置を再確認します。ミレイユの正規軍は基本的に城門内で待機。冒険者は城壁上で待機し、弓等で麻痺攻撃を主に担当。義勇軍は群衆の外側にいて主に毒霧攻撃を担当。索敵隊は前日までと同じ、周辺の防衛ラインで侵入者を逮捕。


 この後は王都アリアスとの街道を当日の夜間閉鎖する。これはカシム組に依頼。周辺の村や、町の防備の強化、住民の地下への避難、兵糧の確認が行われた。


 領主の長男ダレンが報酬について述べる。


「今回の作戦に参加してくれた冒険者には一律に10万チコリ支給する。さらに前回のスタンピードと同じく、経験値の買取を行うので冒険者は1つの大きなパーティーを組んでほしい。正規軍も同様にこのパーティーに加わることとする。今回は対人戦で、しかも殺さないから大した収入にはならないだろうが、領主側の感謝の気持ちと思ってほしい」


「ありがたい言葉です。ヴェイユ家に感謝します」


 ケイト、ミレイユにとって配下へのボーナスをどうするかは、悩みの種だった。経験値の買取をしてもらえると、それがボーナスとなる。


 対策会議が終わてからも、ダレンとアンジェラの話は続いた。テーマはこの天使降臨をピュリスの勝利に導くための方策である。もちろん情報戦としての勝利である。ダレンが案を作り、アンジェラが悪知恵を出す。 そこに一真も加わっている。


 ダレンはアンジェラに2億チコリの借金を依頼した。アンジェラは凶悪な敵を奴隷に売った代金と、敵から没収した武器をもらいたいという。後は買い取った経験値を渡してもらえば、2億チコリはジェビック商会とゾルビデム商会で負担すると約束するのであった。


 その話も終わったころ、索敵隊の拠点のひとつに、集まれるチームのメンバーがそろった。念話で参加するものもいる。そこでは事前に、敵全員のスキルと武器を強奪しておくこと。武器だけでなく、できるだけ靴を盗んでおくことが決められた。戦いにおいて靴は武器より大切なものだ。


 それとサヴァタン山の食糧調達を邪魔して、そこにいる人たちを空腹にすること。空腹は人の動きを無力化する。スキルも武器を持たず、裸足で、しかも空腹な兵は普通では戦えない。早速今夜から、手の空いているもので事前の攻撃開始である。


 ワイズから連絡があった。琥珀の地層が地表にむき出しになっている場所を発見したと。この件はチームだけでは扱いきれない。少なくとも商人の協力が必要だ。あるいは国家的事業になる。明日のテッドの朝食会に報告することになった。


 クルトからは念話で、カシムのところにハルミナの聖女から手紙が来たことが報告される。7月16日朝にハルミナに来て欲しいという内容だ。7月16日にはハルミナに極道の空白地帯ができているというのだ。カシムはカシム・ジュニアを派遣するつもりらしい。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る