第120話 天使降臨対策本部
天使降臨対策本部が作られた。メンバーは4人。トップは領主ヴェイユ家の長男ダレンだ。ヴェイユ伯爵は王都アリアスにいる。正規軍の隊長ミレイユ。スタンピードで敗北したダレンを助けた5人の騎士の一人だ。
そして冒険者ギルドのギルマスのケイト。スタンピードの時はサブ・ギルマスでクルトを助けていた。今はピュリスの冒険者ギルドのギルドマスター。
司会はアンジェラ。黒い肌のジェビック商会のピュリス支店長。一真が憑依している。そのおかげで念話ができる。サヴァタン山に潜入中のワイズや王宮にいるアリアの情報が直で入る。
「アンジェラ。これはいつから始まっていたのかな」
ダレンがアンジェラに聞いた。
「2か月前に、カナスで奴隷に売られた女の子が、今サヴァタン山にいます。その子の証言では、売られてすぐに、ピュリスに向けて移動を開始しています。少なくとも2か月前には始まっていた。本当の始まりはもっと前でしょう」
「それではすでにピュリスに侵入している可能性が高いわね。まず侵入している敵をあぶりだしたい」
正規軍隊長のミレイユが言う。日焼けしているが美しい女性である。25歳くらいか。
「その通りですね。敵の見分け方は簡単です。鑑定して魅了がかけられている者を発見すればいいだけです」
アンジェラがてきぱき答える。
「鑑定持ちはピュリスに数人しかいない」
冒険者ギルドのギルマス、ケイトが言う。彼女は30歳くらいの女性だ。外見は淑女だが、A級冒険者だった。相当強いし、頭もいい。
「私が簡易鑑定の魔道具を貸し出します。100作りました。対象が魅了状態にあるとランプが赤く光ります。そうでなければ、青く光る仕組みになっていますの」
作ったのは一真である。魔石コンロを改良して作った。知らないとアンジェラがとんでもない天才に見える。いや実際天才であることは確かなのだが。
「では赤く光ったものを逮捕していけばいいな」
逮捕するのは正規軍の仕事だと、正規軍隊長ミレイユは思った。
「それではこちらが気が付いたと、相手に知らせるようなものですわよ」
アンジェラは相手に気づかれないように対処する重要性を熟知している。相手、多分カナス辺境伯が、こちらを侮ってくれれば対処は楽になる。
「それではどうしろと」
仕事を取りあげられたミレイユは不満げである。
「監視するのが最善でしょう。芋づる式に仲間を発見していく。ピュリスだけでなくサエカやプリムスでもやりましょう。まずは情報収集です」
会議はアンジェラ主導で進む。
「情報が拡散しないようにする必要がある」
長男ダレンが発言する。彼にはまだ余裕があって、3人の美女を眺めて品定めをしている。外見だけでも個性的。黒い肌で長身のアンジェラ。いかにも精悍な軍人ミレイユ。一見淑女だが、内面は怖そうなケイト。
「限られたメンバーでやる必要がありますね。選抜チームを作ります。正規軍、衛兵、義勇軍から諜報に適性のあるものを選抜します」
ミレイユはすでに頭の中で手順を組み立てつつある。
「隠密スキルを持っている冒険者も何人かいる。協力したい」
冒険者のスキルを完全に把握しているケイトが言う。
「よろしくお願いしたい。侵入者が多いと監視の人数もかなり必要になる」
ダレンが正規軍の反発を予想して、こう発言した。情報の漏洩も心配だが、かなりの人数が必要になるのも確かだ。
「王宮ではどうなっている。カナス辺境伯はサヴァタン山に人を集めていることをなんと説明しているか情報はあるか」
本来その情報を集めるのは領主側の仕事だ。実際問い合わせているが、時間がかかる。
「鉱山の開発だと言っているようです」
アンジェラが答える。みな「どうして知っているの?」と内心で思うが聞かないのがマナーである。
「事件が終わったら何も出ませんでしたと言って、証拠を消せばいいわけだ。鉱山の開発が失敗することはよくあるからな」
ダレンの発言。サヴァタン山に有用な鉱石が出る可能性など聞いたこともない。
「それより7月15日という日付はどう考えたらいいかな?」
ダレンが気になるのはこの日付の意味なのだ。
「アデル様がサエカの男爵に叙爵されるのはいつでしたか?」
ミレイユはアデルがサエカの男爵になることだけは知っていた。サエカは人口1万人を超えている。男爵領として独立してもおかしくない。
「8月1日。その日に合わせて、ヴェイユ家支配地の人種平等宣言を発表する予定になっている。3年間の学校教育もだ。セバートン王国に衝撃を与える計画だった」
獣人差別禁止だけでなく人種平等宣言、確かに反響は大きいだろう。だがピュリスで大事件があったら、それもどうなるか分からない。
「プリムの結婚の正式発表もその頃になるはずでは?」
アンジェラが聞く。
「プリムが政略結婚は嫌だと言い出してね。それと宗教のことでちょっと。プリムが改宗にはきちんと納得してからにしたいというんだ。隠れたる神の教会は、けっこう違うこと多いから」
ダレンが苦り切って言う。さすがお転婆プリムである。
「まさか白紙に戻ったわけではないでしょう」
ミレイユも知らなかったようだ。
「プリムも相手を気に入っているんだ。ただ新しい女のつもりだから。それに向こうのおばあちゃんが、プリムに賛成して、正式な結婚は3年延びるかもしれない」
「なんで3年も」
アンジェラも驚いている。延ばすにしても3年は長すぎる。
「第2学校の魔法科に、入りなおしたいとプリムが言っている」
「たしかにリングルのボルニット家は、魔法が伝統の家ですが。プリム様には確か魔法の才能がないと聞いたことがありますが」
ミレイユは領主家族には一応「様」をつける。敬語の発達していないこの世界では、それが精一杯の尊敬を表す言葉である。
「魔力はそこそこ多いんだが、10歳のギフトで授かったのが支援魔法なんだ。プリムは派手に攻撃魔法を使いたかったらしく、落ち込んでね」
「しかし貴族が支援魔法というのは、お似合いではないですか?」
ギルマスのケイトが不思議がる。
「向こうのおばあちゃんにも、そう言われたらしい。それで遅まきながら、プリムは3年かけて魔法を鍛えたいそうだ」
「正式な婚約発表はするんですよね。それにぶつけているんです。もし7月15日にピュリスで民衆の大虐殺が起きたら、民衆の評判はがた落ちになります」
アンジェラは情報戦としての負けを予感して震える。
「そこにカナスが適当な理由をでっちあげて、圧倒的な軍隊をぶつけてくるという筋書きかもしれない」
ダレンにもこの日付の意味が分かったようだ。
「これは情報戦です。ピュリスで人が死んだら私たちの負けになります」
「しかし悪意ある群衆に押し寄せられたら、一切の攻撃なしで、ピュリスは持ちこたえられる?そこが問題だ」
「幸いまだ2週間あります。状況の把握と、殺さずに群衆を無力化する方法を考えましょう」
アンジェラが締めくくって、第1回の対策会議は終わった。
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