第118話 ワイズ潜入
ワイズはサヴァタン山に着いてすぐ地下に潜った。地下の方が歩きやすかった。鑑定を借りてきている。200人いたとして、10時間あればレニーを発見できるはずだ。性別と年齢、名前だけ分かればいいのだ。
何としても助けて帰りたかった。ワイズは一人ぼっちになったレニーに同情していた。野犬に囲まれていたレニーを救ったサイスは偉い。でも奴隷に売って来るのはひどい。
サイスはいい子なんだけど、どっか欠けているとワイズは思う。リビーの時も、盗賊団に連れて行かれるのに何もしなかったし。小さいころひどい貧困を経験したことで、サイスはなにかを失っているのだ。
だから自分はレニーを連れて帰る。ワイズはそう決意する。もしレニーが居なければ、似たような運命の子を一人助けて帰るつもりだ。
もう夜の10時近く。酒盛りをしているのは男ばかり。住む場所は男女別になっている。女が性奴隷になってないし、規律は保たれている。女が寝ている家を探す。4つあった。
鑑定して分かるのは、HPが回復していないこと。みんな疲れ切っているのだ。ここの生活の過酷さが分かる。そして全員に魅了の状態異常がかけられていた。スノウ・ホワイトの時で魅了の対処法は分かっている。そして全員が何らかの武技スキルを持っていた。武技を持つ人が、こんなに多いはずがなかった。これは人為的なものだ。
レニーを見つけたのは4時間後だった。夏でも2時はまだ暗い。地表に出てレニーの寝ている部屋に入る。3人が同室。口移しで睡眠ポーションを飲ませる。途中起きられても面倒だ。眠ったままのレニーを抱いて家の外に出る。目を覚ます様子はない。酒盛りも終わっていて、起き出す人はいない。
建物の外に出ると、ワイズは念話でルミエに連絡した。
「レニーを見つけた。今から連れて帰るけど、魅了をかけられているのよ。解呪してほしいんだけど。頼めるかな」
深夜、眠らない仲間がいるのはありがたい。
「今、イエローハウスで料理している。ダンジョンじゃなくて、こっちに来て」
イエローハウスにはサイスもいるし、テッドやアンジェラも来れるから、ダンジョンよりいいとワイズも思う。それにレニーにルミエの美味しいスープを飲ませてあげたかった。
「ありがとう」
レニーを抱えて飛翔した。月のない暗い夜だ。でも星がきれいだ。
レニーは軽くはない。食べさせてもらってはいたみたいだ。性奴隷にはされていなかったし、相手に嗜虐の趣味がないのは有難かった。森の中の目印の場所に来て、そのままイエローハウスへ転移する。
ルミエと二人でレニーの世話をする。朝まで目覚めないはずだ。服を着替えさせ、ヒールを2回かけてもらう。その後、魅了の解呪。スノウ・ホワイトの魅了よりも数段強力で、ルミエが手こずっていた。
あとはルミエに任せて、ワイズはサヴァタン山に戻る。戻る前にレニーの服を着て、レニーそっくりの姿になる。アリ型モンスターの人化のスキルはなんにでもなれるのだ。そうだレニーが与えられている武技のスキルも必要だ。レニーが起きたら、どんな生活をしていたのか聞いてもらおう。掲示板に書いてくれれば読める。
セバスに頼んでスキルをもらう。レニーは投擲のスキルを持っていた。しかもレベル2になっていた。これを忘れたら、すぐばれていたに違いない。
掲示板にすべて書き込んであるから、サイスも朝起きたら読んでくれるだろう。早く知らせてやりたかったけど、ぐっすり寝ていたから、起こすのもかわいそうだった。起きたら読んで、レニーに会ってやってほしい。レニー、きっと喜ぶから。ワイズはそうつぶやく。
テッドの朝食会は場所をイエローハウスに移すことになった。レニーは目を覚まして、まだ混乱している。奴隷となってから2か月。あまりにも目まぐるしい運命の転変。レニーはサイスと会って、安心して大泣きした。
詳しく鑑定すると、レニーの攻撃力が成人並みに高くなっていた。筋肉も付いている。投擲レベル2は、訓練でレベルを上げたのだろうか。そうだとしたら、相当過酷な訓練が行われたことになる。
アンジェラが奴隷からの解放の手続きをしてくれた。サイスがじっくり話を聞いた。サイスも全く人の心が分からないわけではない。将来ハードボイルドな図書館司書になるとしても。優しくなくては生きている資格がない、そのことはもう分かっている。
まずサヴァタン山の生活のことを聞く。朝ごはんの時のレニーの仕事のことや、知っている人の名前、どんな日程だったか。そしてすぐ掲示板に書きこんだ。ワイズがいつでも読めるように。ワイズは賢いから、きっとうまくやるに違いない。
次にサイスは奴隷商に売った後のことを聞いた。カンシスと名乗ったジェビック商会の店員は、ニセ店員だったらしい。レニーは倉庫のようなところに入れられ、5人まとめてどこかの村に移動。数日軍事訓練を受け、訓練しながら東に移動。カナスからアリアスへと。
レニーの攻撃力の高さ、筋肉。異常だとサイスは感じる。攻撃力はサイスより高いし、筋肉もレニーの方がある。もしかしたらスクロールや薬物を使った可能性もある。どちらにしても相手は相当金を使っている。
レニーたちはイムズ村に少し滞在した。そこで40歳くらいの女性から魅了をかけられた。きれいな女だったらしい。いい匂いがしていたとレニーは言った。その女の魔力は相当強い。ルミエが解呪するのに手こずるのだ。
その時その女性はこう言ったという。
「7月の満月の夜、ピュリスに天使が降臨する。深夜城門が開いたら、そこから走って中に進め。なんでも欲しいものが手に入り、幸福になれる」
レニーはそれを信じてみたくなった。レニーにはもう何にもなかったから。希望が欲しかった。それで苦しい軍事訓練を頑張って、レベルまで上げてしまったらしい。
カシム・ジュニアの聞いた話とも一致している。朝食会のメンバーはレニーの話をすべて真実と判断した。
何者かが、7月15日の深夜に群衆をピュリスに集めている。そのどさくさに紛れて攻撃するつもりだ。もしピュリスが反撃したら、多くの群衆が死ぬだろう。ピュリスの大虐殺。そう言われる。
ヴェイユ家を血まみれにし、ヴェイユ家の評判を落とすための情報戦だ。群衆を皆殺しにして物理的に勝っても、情報戦でヴェイユ家は負ける。天使降臨という輝かしい物語を、一気に逆転させる見事な作戦だった。
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