第117話 あと2週間

 テッドの道路工事が完成した。港町サエカからベガス村への道が整備され、馬車が通れるようになった。サエカで作る塩がベガス村を経由して、人口3万のハルミナに届く。


 定期航路が完成したら、ドンザヒからの塩漬けのニシンが、今までより3割安くハルミナに届く。ニシンは冬の飢えを救う。変わらない静かな町ハルミナも変わるかもしれない。


 テッドがいぶかしく思っていることがある。スノウ・ホワイト事件の後くらいから、盗賊が出なくなっていた。ハルミナ方面だけでなく、王都アリアスへ向かう街道にも盗賊団が出ない。おかげで輸送費は大幅に軽減された。


 サエカからピュリスへの輸送は船を使う。船は大量に運べて安上がりだ。ピュリスから王都アリアスへの輸送はカシム組に依頼している。実はこれにはからくりがある。大きな馬車に少ない護衛で塩を運ぶ。これは囮なのだ。盗賊団がこの馬車を襲えば、馬車の中からカシム組の屈強な男女が現れる。


 本当の塩の輸送はマジックバッグで行っている。護衛を付けず、早馬で宿泊もしない。マジックバッグはスノウ・ホワイトが持っていたものだ。素晴らしい性能で容量無制限、時間停止付きだ。チームにはマジックバッグは余っているので、スノウ・ホワイト逮捕の協力の褒美としてテッドがもらった。


 これを運ぶ馬も素晴らしい。ジェビック商会のアンジェラから買った。アンジェラは馬の牧場を始めるらしい。今までの馬より相当早い馬だ。もちろんピュリスとアリアスの間を走り通すことはできないので、途中でゴーレム馬に替える。こちらはスピードは従来の馬と同じだが、一切休憩がいらないし暗くても走れる。


 いろんな要素が重なって、サエカの塩はかなり安く王都で売れる。一つ忘れていた。一真のゴミ取り魔道具だ。ある程度煮詰められた海水から、純粋な塩の結晶を取り出してくれる。時間が短縮されるだけではない。細かいごみや不純物を取り除く作業は地味に手間がかかる。この手間を省いてくれた。人件費が節約された。


 考えてみれば塩の生産は幸運に恵まれ続けてきた。最大の幸運はジュリアスが泥炭を偶然発見したことだな。森の木を伐っていては、乾燥に時間もかかり、費用も泥炭の10倍かかる。


 それに土の家の竈を、塩づくりに転用できたのも大きかった。燃料は半分以下でいい。リングルでも塩を作っているだろうが、教えたらかなり安くできる。もし教えることになったら、替りに紙の製造方法を教えてもらいたいものだ。


 そういうわけで原価はカナスの方が安いだろうが、輸送費込みだと、サエカの塩の方が王都アリアスの市場で圧倒的に安い。経済的には完全勝利だ。カナスの豊かさの3割くらいは塩の独占にあったので、それが崩れる。


 逆に言えば、その分ゾルビデム商会とヴェイユ家が豊かになる。さてそれがどんな副作用をもたらすか。テッドはあらためて反撃を警戒する。このままで終わるほどカナス辺境伯は甘くない。


 かつてのカナスの繁栄は第1は辺境伯だから持てる軍事力、第2はン・ガイラとの交易、塩の独占による経済力、そして第3は圧倒的な魔法的実力に支えられていた。今はン・ガイラ帝国との交易の利益はリングルに奪われ、塩の独占はピュリスに崩された。だが軍事力と魔法的実力はまだ健在だ。


 カシムはゾルビデム商会のテッドから、ピュリスと王都アリアス間の塩の輸送を頼まれた。並行して街道に巣くう盗賊団の壊滅も依頼された。 張り切って組員を増員して新規事業に乗り出したのだが、どちらもあまり手ごたえがなかった。


 塩の輸送は囮だった。それは構わないが盗賊団が襲ってこない。アリアスからピュリスに帰る時は、荷を積んでいたが、平和すぎた。街道の盗賊もこのところなりを潜めている。カシム組は平和な輸送屋さんではない。戦う輸送隊だ。気に入らない。


 そんな時にクルトから、イムズ村の監視を頼まれた。カシムはこの仕事を最近頼もしくなってきた息子、カシム・ジュニアに任せてみた。

 カシム・ジュニアは意外なことを父に告げた。


「パパ、天使が降臨すると言うんだけど」


「ジュニア。狂ったか」


 カシム・ジュニアは信心深い方ではない。むしろ無神論者のはずだった。


「イムズ村から馬車で運ばれているやつらがいて、その後をつけたんだ」


 イムズ村にはカナス辺境伯の別荘があり、イムズ村は辺境伯の領地になっている。


「どこへ行った?」


「途中1泊してサヴァタン山というところだった」


 サヴァタン山はハルミナと牧畜の村テルマの中間にある。特に何にもない場所だった。人も住んでいない。


「どんな風になっていた?」


「山の中で、仮設の家が30ぐらいあった。おそらく200人くらい生活している」


「それで?」


「ひとり攫って来た」


「どんな奴だ?」


「ン・ガイラ帝国のスラムの住民だった。鑑定で見ると38歳の男。誰かに魅了をかけられていた」


「厄介だな」


「話が支離滅裂で、7月の満月の夜にピュリスに天使が降臨するっていうんだ」


 あと2週間しかない。何かが起こる。カシムの直感が警告を発している。


「誰かに吹き込まれているな」


「天使がピュリスの城門を開けてくれるから、中へ入ると宝物がもらい放題になるって言ってる」


 ピュリスが略奪される。カシムはすぐクルトを訪ね、カシム・ジュニアの言ったことをそのまま伝えた。



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