第116話 サエカの学校

 サイスは密かに、しかし激しく怒っていた。ヴェイユ家の支配地で学校ができて,、将来は全員読み書きできるようになることにである。それはサイスの夢だったはずだ。自分の夢だったことが実現されるのに、サイスはなぜそんなに怒るのだろう。サイスにも分からない。分かった時サイスは一皮むけるだろう。


 ヴェイユ家の次男アデルは自分の支配地になる予定のサエカで一足早く学校を始めた。7歳の子はサエカで40人いた。その子たちに時給250チコリを払って学校に来させた。午前組と午後組に分けて3時間ずつ。先生は一人。


 建物は教会予定地だが、アズル教の教会はサエカに来ていなかった。教科書も、教え方も何も決まっていない中で、7歳児の20人学級が2つ。一人の新米先生。手探りが始まった。


 見かねた一真が、モーリーに頼んで黒板を作ってもらった。先生用の大黒板と、生徒一人一人が持つ小黒板。ケリーがテルマ村の卵の殻で作ったチョークを寄付した。生徒用は黒板ではなくて、紙でも良かった。クリーンを使えば、紙は何回でも使える。しかし貧しい子はペンが買えなかった。


 サイスが『村の生活』というどこかの農村の子供用の教科書をたくさん寄付した。これはセバスがコピーしてくれたものだ。サイスは『村の生活』をもとに、『町の生活』という新しい教科書を書き始めた。農村で子供に学校を作っているところがあるんだとサイスは感心していた。トールヤ村というところらしい。


 ただ2つ問題があった。1つは農村を舞台とした記述になっていて、都市の子にはなじみのない部分があった。もう一つはトールヤ村では、隠れたる神を信じていて、宗教的部分が問題だった。ピュリスには孤児院のシスターナージャのように隠れたる神の信者がいるが少数派だ。宗教的部分は削除するつもりのサイスである。


 図書館のカルタや双六、神経衰弱カードなど、孤児院の子たちを教えるのに利用したものも寄付した。ヴェイユ家は子供用の図書館を作っておいて、本当に助かったのだが、理想主義者アデルがそれを理解しているかは怪しいものだ。


 バラバラな机と椅子を見かねたモーリーが子供の体格に合わせたイスと机を必要なだけ作ってくれた。サイスを含めて、チームはサエカの学校に失敗してほしくなかった。ヴェイユ家の支配地で秋から学校を始めるにはサエカで成功しなければならない。


 学校にはおじいちゃんやおばあちゃんをはじめ、手の空いた大人も集まった。字を書けるようになるには30万チコリのスクロールが必要になる。それが学校ではタダで教えてもらえる。


 これは金もうけの機会なのだ。それだけではない。初めて自分の名前を書いた大人はうれしくて号泣する。学ぶことは喜びだった。真剣な大人を見て子供たちも理解するのだ。これは大切なことなんだと。


 教師は18歳の女性。カシム・ジュニアが飢餓の村から拾ってきた子だ。初めてのことなのにこの子も頑張った。子供が好きなのだろう。それ以上に教師というスキルが有用だったのかもしれない。


 子供本人、家族、先生、領主、全員の利害と熱意が合わさって、サエカ村の学校は成功しつつあった。ヴェイユ家とアンジェラは、ここでテストをして、モデルができたら、全員教育政策を発表しようと考えていた。秋から学校は始められそうである。


 一つ問題があった。学校で獣人に対するいじめ事件が発生した。これに素早く対応したのは長男ダレンである。ヴェイユ家支配地における獣人差別を禁止し、違反者には1000チコリ以上の罰金を科した。子供も例外としないとしたので、表面的いじめはなくなった。ヴェイユ家がチームと約束した2つ目も果たされた。


 サイスはテッドの朝食会の後は、図書館にいる。お昼休みにジュリアスかワイズがいてくれるときは、ダンジョンに潜るようにしている。自分が冒険者であることを忘れたくなかった。セバスからはセカンド・アイデンティティを持つように言われてもいた。


 図書館が終わると2時間、ダンジョン転移して、こないだ行った町に行っている。セバスからチーム全員に時計が配布されたので、その秒針の位置によってランダムに行き先を決めている。一応秘密任務なので、敵に行動を予測されないためだ。意識しすぎかもしれないが。


 特に気にしているのは、カナスで奴隷に売ったレニーという8歳の女の子だ。アンジェラに探ってもらっても、そもそもジェビック商会にはレニーを買った記録がないという。カンシスという名前の店員もいないというのだ。レニーは行方不明だった。


 他にも気まぐれにいろいろな町に行く。時には行ったことのない町にも。つい知らない町では塩の値段とか、孤児院、図書館を調べてしまう。 

 

 アリアスに行ったときは、クルトやアリアに晩御飯を奢ってもらったり、リングルではエルザに美味しい肉を食べさせてもらったりすることもある。リビーやシエラ、その母親のターニャとも会った。リビーはベガス村で見かけた時と見違えるようにきれいになっていた。


 帰りにサヴァタン山に寄ってみた。アリアの情報以来、ここは監視対象になっている。ついででいいので立ち寄ってとセバスに言われている。遠くに100人以上いるのを見かけた。見つかってはいけないから、すぐ転移したが、その時レニーの姿を見たような気がした。まさかこんな場所にいるわけない。でもあれはレニーだった。


 サイスはもやもやした気持ちで索敵隊の訓練に臨んだ。いつもの通りコボルトの巣を潰す訓練だ。索敵隊の士気は高い。この訓練でスノウ・ホワイト逮捕の時は活躍できたのだ。しかも報奨金が一人10万チコリ出た。


 訓練終了後サイスは、ジュリアスとワイズにレニーがサヴァタン山にいるかもしれないと話した。


「レニーって、カナスでサイスが助けた子よね」


 そう言ったジュリアスの目はサイスに優しい。でも隣にいるワイズは厳しい目をしてこう言った。


「野犬から助けたのは良いと思うけど、奴隷に売るのはひどくない」


「でもリテラシーつけてあげたから、自分で這い上がってこれると思ったんだ」


 でもこんなところにレニーはいる。


 夜の間にワイズが地中から探ってくれることになった。鑑定とスキル強奪を持っていく。あの200人くらいの人たちは、なぜあそこにいるのか。ワイズはピュリス攻撃のため?と疑う。

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る