第115話 新航路の準備

 ン・ガイラ帝国西端の都市ドンザヒ・セバートン王国の東端リングル・サエカ・ピュリスの国際定期航路がもうすぐ開通する。ジェビック商会ピュリス支店長アンジェラの仕事である。


 ただ何を運ぶか、まだきちんと目処がついていない。経済的必要から生まれた航路ではなく、政治的航路である。カナス辺境伯は自分への挑発だと受け取るだろう。その通りだ。ドンザヒとリングルは10年前にカナス辺境伯と敵対した。そのどさくさで先代のカナス辺境伯は死んでいる。


 アンジェラはこの古い対立に、ピュリスのヴェイユ家が、反カナス辺境伯側で加わる事を宣言している。まさに3者の結合を誇示する航路である。でも商売人として、この航路を赤字にするわけにはいかない。


 アンジェラは一真をドンザヒとリングルへの調査に雇った。ジェビック商会の調査網もあるが、情報は常に複数の筋から得たいアンジェラだ。それに今の情報ではドンザヒの塩漬けのニシン、リングルの紙しか買うものがない。新しい商品を見つけたかった。


 一真はジンメルの道場に入門させてもらった。まだ木刀での素振りしかさせてもらっていない。でもこれは確かに日本の剣道だ。その先に居合があることは、スタンピードの時のジンメルで一真は知っている。


 アンジェラからの依頼は、ドンザヒとリングルでの買い物だ。面白いものがあったら買って来る。それだけなので、軽い仕事だ。朝にテッドの朝食会。午前中ジンメルの道場。午後からダンジョン転移を利用してドンザヒかリングルをぶらついて買い物をすればいい。


 ン・ガイラ帝国の東端の都市ドンザヒは陽気な港町だった。一真の前世の知識ではイタリアか、南フランスに似ている。といっても一真は実際には、イタリアもフランスも行ったことはない。テレビの旅番組の情報だ。


 一真の目を引いたのは馬である。馬がきれいだ。ピュリスの馬は小さいうえにスタイルが悪い。ドンザヒの馬は大きさにびっくりする。前世の馬に近い。スタイルが良くて力も強そうだ。


「おじさん馬見せてもらうよ」


「子供の買えるもんじゃない。うちの馬は安くて300万チコリするぜ」


「へえ、どこの牧場?ドンザヒにあるの?」


「砂漠の牧場だよ。それ以上は教えられないがな」


「すごい速そうだね」


「よその町の馬の1.5倍のスピードで走る。値段は倍だ。さあ子供はあっち行って遊びな」


 今日はこれを買って帰ることにした。金はある。ドンザヒのダンジョン入り口で、砂漠の馬の牧場と念じる。メシュトの牧場という表示が脳内に現れる。それにハイと答えると砂漠の牧場に転移した。


 オアシスの湖がある。川がオアシスの川湊から南へ流れていた。湊には大きな貨物船がいる。ここがメシュトの牧場か。砂漠の真ん中ならこんな大きな川はない。砂漠の南端なのだろう。遠くに大竜骨山脈の連なりが見える。雄大な風景だ。夕焼けはさぞきれいだろうなと一真は思う。


 下半身が馬のたくましい男性がそばを通り、こちらを見咎めている。


「見かけない顔だが、なんか用か。それとも迷ったか」


「雌馬を1頭買いに来た」


「ふーん。なんで雌馬だ。雌馬が大人しいとは限らないんだが。人間でも馬でも女が強いってことはよくあるんだ」


「実感籠ってるね」


「ケンタウロス見るの初めてか」


「ケンタウロスとのミックスなら二人知っている」


「ふーん。どこから来た。その子たちは今でもそこにいるのか」


「俺はピュリスから。ミックスの一人は今もピュリスにいる。もう一人の子は、今は引っ越した」


「ちょっと話を聞きたいな」


「俺のことは話せるが、ミックスの二人についてはこれ以上話せない」


「まあいい。それじゃ馬見るか。乗れるんなら乗ってもいいぞ。俺はメシュト」


「一真だ」


 何頭か乗せてもらって、一番美しい馬を買った。400万チコリだ。


「一真。なんで雌馬に限定した?」


「牡馬は精子が欲しい。ピュリスでいい馬を増やしたいんだ」


「やっぱりそうか。子供だと思って気を許しすぎたかな。精子は売れない。売るとしたらよっぽどの相手でないとな。兄弟でも売らないくらいだ」


「どんな人なら買えるんだ?」


「馬はペットじゃない兵器なんだよ。敵に兵器は売れない」


「俺に売ってくれたのは?」


「ここに来るのにドライアドのダンジョン転移で来ただろう。それを知っているのは、少なくとも敵ではない。味方とも言い切れないけどな」


 支払いは現金で済ませた。ダンジョン転移で馬と一緒にピュリスに帰る。すぐアンジェラに馬を届けた。ジェビック商会は馬も飼っているから特に問題はない。


 一真はこれからダンジョンの工房で魔道具を作る。ドンザヒの町で面白いものを見つけた。魔石コンロだ。火魔法を込めてある魔石を使う。魔力を通すとスイッチが入り、熱が出て物を温めることができる。


 これを分解して遊ぶ。火魔法を込めた魔石が気に入らない。火魔法のスクロールを代わりにできないかな。どこが違うかって?スクロールなら交換可能だ。火魔法だけでなく、いろんな魔法が使えたら便利だ。汎用のスクロールスキル実行装置ができるかもしれない。一真の分解・統合のスキルはいろんなことを可能にする。

  

 その後ワイズと一緒に、毒薬や麻痺薬の研究をする。気が向いたらダンジョンで遊ぶ。一真の気ままな生活である。セバスからはダンジョンマスターになったからには、もっとダンジョンにいてほしいと言われているが。

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