第113話 森の守護者

 今、クルトはセバートン国王の前に立っている。国王からピュリスの森の守護者という称号を授けられた。その直前にはヴェイユ伯爵に騎士の誓いの儀式を済ませていた。


 これでクルトは貴族の末端に位置付けられた。もともと騎士階級の出身だから、騎士の身分を回復したともいえる。ヴェイユ家からの給与は一切ない代わりに、徴税もされない。


 義務付けられたのは戦争の時に5騎を引き連れて、ヴェイユ家の下で参戦することだけである。行きたくなければ金を払えばいい。騎士と言っても名誉職に過ぎなかった。だがヴェイユ家とアンジェラはきちんと約束を果たしてくれた。まだ1つ目だが。


 セバートン国王からの称号授与によって、ピュリスの森にクルトの許可なく家を建てたり、畑を所有したりはできなくなった。ヴェイユ家は称号をもらうのに、少しお金を使ったかもしれない。とはいっても実際的な意味はないから、使ったお金は少しだろう。危険な森に家を建てる人も畑を持つ人もいない。リリエス以外には。


 クルトの騎士叙任を祝って、カシムがパーティーを開いてくれた。豪快な野外のBBQパーティーだ。野遊会というのか。ダンスパーティーではクルトの取り巻きの女が集まって険悪になる。


 クルトの隣にはアリアが冒険者風の服装で付き添っている。アリアと話しているのは元勇者のアーサーである。アーサーは今アリアス郊外にほぼ隠遁生活をしている。


「たしかピュリスのスタンピードの時に見かけた気がするんですが」


「ええ、最後の方は城壁守備隊にいましたわ」


「やっぱり、今はクルトの奥さんですか」


「いいえ、クルトはモテるんですけど、BBQの時の服を持っている女性がいなくて。ぼろ布が似合う女はお前しかいないからって誘われたんです」


「いえいえ、何を着ても似合うのが本当の美人です。冒険者しているんですか。アリア」


「いいえ、今は花売り娘とか、宮廷に潜入してスパイなんかしています」


「それは楽しそうな仕事だな」


「アーサーは引退してから何を」


「今は回想録を書いています。近くにいるジンメルは道場開いて後進育成していますが、私はそんな元気なくて」


 カシム・ジュニアもこのパーティーに参加していた。時々密かに鑑定する。レベルの高い鑑定スキルは相手に気づかれない。アーサーのスキル。アリアのスキル。クルトのスキル。さすがに読み取れない。しかし垣間見たわずかな情報だけでも震えるほどすごい。それにしても花売り娘?といぶかるカシム・ジュニアであった。


 アリアは嘘は言っていない。花売り娘も時々している。主な仕事は宮廷に潜入した密偵である。雑用女の肌に棲みついて、カナス辺境伯の身辺を探っている。アリアの真の姿はディオニソスの神獣のアラクネである。その栖はすべての境界。人の肌も境界の一種なのだ。


 アリアは密偵として優秀だ。背中の黒子が増えても、人は気づかない。アリアは寝ないから、人の寝静まった深夜に自由に動ける。今日は念話でセバスの共有掲示板に警告を書き込んで来た。カナス辺境伯が怪しい動きをしている。今、分かるのは2つの地名だけ。


 サヴァタン山とイムズ村。


 こんなわずかなヒントでも、ジュリアスの索敵隊は動いてくれるだろう。それに一真もサイスもワイズもいる。若いけれど彼等は有能だ。


 そうだ、追加しておこう。今聞いた情報。ジンメルが道場開いているらしいって。前世で何かこじらせているから、多分一真がはまる。ジンメルの居合とか、前世の日本のスキルだよね。


 一番最初に反応したのはワイズだった。この日ワイズはその山、サヴァタン山のに近くにいた。静かな3万都市ハルミナと、牧畜の指輪村テルマの中間。ゴーレム馬に乗って、ときどき地中に入りながら調査を進めてきた。


 ワイズは地図製作に励んでいる。ピュリス周辺を同心円状に20キロと40キロの概略地図はできた。今60キロの同心円の地図を作っている。ピュリス南東60キロ。徒歩だと二日かかる。そこにある山がサヴァタン山だ。


 さほど高い山ではない。1時間で登れるくらいの山だ。でもいくつかの山が重なっていて、高さがさほどでもないのに、人が立ち入るのは難しい地域になっている。村はない。馬をマジックバッグにしまって、山の中に入ってみる。薪拾いの道がある。



 だが確かに人の気配がする。ここは無人のはずだった。一人二人ではない。100人単位で人がいる。何かが起きていそうだ。アリアの情報では、カナス辺境伯が動いている。その情報は正しいのだろう。


 ワイズはポータブルダンジョンを取り出した。て、目立たない森の中に、転移の出入り口を作った。今日はここまでだ。帰って協力体制を作った方がいい。索敵隊が動くには距離がぎりぎりだ。ゴーレム馬を最速で走らせても、調査時間は4時間くらいしか取れない。チームで動くしかない。


 ワイズが帰ると一真が待っていた。ジンメルの道場に入門してくるというのだ。ポータブルダンジョンで、ジンメルの道場の近くに、転移ポイントを作りたいらしい。もう暗くなりかけだった。でも待てないらしい。一真が好きなワイズは、少年ぽい数馬のそういうところも好きなのだ。


 一真はアリアスと念じて転移した。クルトを探さなきゃ。念話する。もうパーティーは終わって、クルトは家でくつろいで酒を飲んでいた。アーサーも一緒だ。


 急いでクルトの家に行き、挨拶もそこそこに、ジンメルの道場の場所を聞いた。アーサーは若者の性急さを笑っているが、場所は教えてくれた。アリアスとイムズ村の中間だという。イムズ村?


「アーサー。イムズ村って、カナス辺境伯と何か関係あるかな」


「辺境伯の別荘があってな。小さな村だが、カナス辺境伯が支配している。カナスの飛び地というわけだ」


 一真はゴーレム馬に乗ってアリアスの西門を出た。道場はすぐわかった。馬で15分くらいだ。でもそこを通り過ぎて、イムズ村の近くまで行ってみる。活気のある村のようだった。もう暗くなってきてよく見えない。一真は目立たない場所にポータブルダンジョンで転移ポイントを作る。


 ジンメル道場への入門は明日にしようと思う一真だった。剣術の訓練に集中できればいいのだが、それだけというわけにもいかなそうだ。


 

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