第111話 情報戦で勝つ
プリム義勇軍によるスノウ・ホワイト捕縛はあっけなく成功した。約束通りジュリアスを指揮官とした索敵隊も活躍した。最初に索敵隊が包囲し、監視を始めた。全員参加できたし、索敵隊の演習としては十分価値があった。
50人の義勇軍が突入した。50人は、ジェビック商会が選び抜いた精鋭であり、油断したスノウ・ホワイトたちが立ち向かうすべはなかった。驚くべきことは、ヴェイユ伯爵の娘、プリム自身が義勇軍を率いていたことである。
一真はワイズから詳しい状況を聞いて、自分たちで攻撃しなくて良かったと、心の底から思った。あまりにもあっけない戦いは、自分たちを汚すと一真は思っている。華々しい戦闘に憧れる一真はまだプロではない。
戦いは情報戦だ。スノウ・ホワイトも、盗賊団も、復讐チームが彼等のの本当の敵だとは思ってもいない。こちらは彼等の情報を詳しく知っている。情報の非対称。これが勝利につながる。
一真にとっての問題は、情報戦は見栄えがしょぼいことである。最後のクライマックスが、絵にならない。剣の達人同士の見事な勝負とか、派手な魔法の打ち合いとか、絵になる見せ場は情報戦の失敗なのだ。
ヴェイユ家による盗賊団取り調べは順調に進んだ。なかでもスノウ・ホワイトの自白は衝撃的だった。スノウ・ホワイトは理想的な孤児院の経営者というのは真実だった。しかもザッツハルト傭兵団の花形の女傭兵だった。
スノウ・ホワイトの孤児院は王都アリアスの高級住宅街にある。サイスが外から見た白薔薇が咲いていた孤児院である。ここはカナス辺境伯の治安部隊の担当領域である。
しかしスノウ・ホワイトのザッツハルト傭兵団は、カナス辺境伯と近いことで知られている。捜査情報は国王に詳細に報告され、貴族の間に広まっていた。カナス辺境伯が捜査に介入すれば、隠蔽工作と受け取られる。王命で孤児院の捜査はヴェイユ家とリングル家に任された。
死体がどこに隠してあるかはスノウ・ホワイトの自白が得られていた。地下室の壁に塗りこめられているというのだ。土に埋めなければ天国に行けない。殺された少女は悪霊になっているという噂が広がった。もちろんアンジェラが流して、興味を駆り立てている。
治安部隊が壁を壊してみると、壁の中から4体の死体が白骨化して現れた。みな10歳未満の少女の白骨である。孤児院の3人の少女は、カシムの孤児院に引き取られていた。その中の最年長の子を連れて来て、白骨を確認させた。一体だけ服装に見覚えがあるという。
スノウ・ホワイトは自分の孤児院の少女を楽しみのために殺していた。外見は聖女であり、傭兵団の花形であったスノウ・ホワイト。その真の姿は少女殺しの悪魔だった。
衝撃の事実は貴族間にとどまらず、たちまちアリアスの町に広がった。猟奇事件は大衆の娯楽だ。このタイミングでこの年長の少女が本を出した。出版したのはカシムである。当然ヴェイユ家が背後にいる。一切名前が出てこないが長男のダレンだろう。そしてアンジェラ。見事な情報戦である。
本は100万チコリという高値で10冊売られた。そこから写本が生まれる。写すのにも高額な費用が掛かる。カシム大儲けである。図書館も盛況である。
本の内容はよく考えられている。絵本で読みやすい。ザッツハルト傭兵団でオープナーとして華麗に戦うスノウ・ホワイト。彼女は騎馬魔導士という珍しい戦い方をしていた。歩兵が待ち受ける隊列に騎馬で近づき、特大のファイアーボールを打つ、空いた穴に槍のジル隊が突撃する。
私生活では私財をなげうち貴族的に育てる理想の孤児院を経営する聖女。美しいスノウ・ホワイトと3人の少女たち。1年中絶えない薔薇の花園。絵がきれいだから字が読めなくても理解できるくらいだ。
しかしその実態は10歳近くなった少女を、針で刺しながら、殺すのを楽しむ悪魔であった。スノウ・ホワイトの悪魔のような表情の絵が続く。
「世界で一番きれいなのは誰?」
「救世主の母です」
「いいえ、そうじゃない。もう一度聞くわ。世界で一番きれいなのは誰?」
「スノウ・ホワイトです」
「いいえ」
裸の少女は吊るされている。何を答えても否定される。間違うと顔や体の敏感なところに針を刺される。正解などないのだ。何を答えても針を刺される。少女にそれが分かるとスノウ・ホワイトの質問が変わる。
「神は存在する?」
「神はいます」
「それじゃどうしてあなたはひどい目にあっているの?」
神を否定するまで苦痛は続く。敬虔に育てたのは、心が折れて神を否定する姿を見たいからだった。純白の心が悪に染まるのを見るのは、スノウ・ホワイトのこの上ない愉悦だった。
ここまでは誰か大人が書いている。そこに年長少女の自筆の文章が挟まる。優しいお母さんと信じていたスノウ・ホワイト。実は残忍な人だったとは信じられない。
でも私は見た。壁に埋められていた白骨死体は、いなくなったお姉さんのお気に入りの服を着ていた。どこかの貴族の養子になったと言われていたのに。眼窩が世界を呪っていた。私もこうなるところだったの?
この本の最後は悪魔スノウ・ホワイトが、ピュリス伯爵の娘プリムによって捕らえられた場面で終わる。最後に付け加えられたの文章。プリムはリングル子爵に秋に嫁ぐこと。もうすぐプリムを含むヴェイユ家3兄弟が、スタンピードで活躍した劇がアリアスでも上演されること。
さらに2か月後に、スノウ・ホワイト連続殺人事件が劇として公演されることを宣伝していた。戦争は情報戦だ。情報戦で勝つというのがどういうことか、一真はアンジェラから学んでいる。この状況でカナス辺境伯は、塩の販売を巡ってどんなにムカついても、ピュリスを表立って攻撃することはできなくなった。
一真は敵の立場から状況を見たらどうなるか考えている。カナス辺境伯は表立っては動けない。しかしこのままで済ますわけにはいかない。座視すれば同格の辺境伯家が誕生してしまう。セバートン王国の権力をかけた戦いなのだ。
だが一真にはカナス辺境伯がどう動くか、全く読めない。
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