第110話 パンクチャルな死神

 最初に作ったのはイスだった。イスというよりスツール。いやむしろただの切り株。森の銀狐にいる時、自分にふさわしい場所が欲しかった。だから店に切り株を置いてもらった。


 店主のナターシャはモーリーにも優しかった。娘のミーシャもモーリーに優しい。切り株を置いてほしいという無茶な願いをかなえてくれた。ただ重くて動かせないので、軽くしてほしいと頼まれた。

 

 それがモーリーの家具作りの始まりだ。切り株をひっくり返して、空洞を作る。出来上がった切り株のイス。その上に座ってみると、切り株の空洞に森の音が響いているのが聞こえる。自分の場所ができた。


 この切り株のイスはお客さんにも好評で、店のイスを全部切り株にしてと頼まれた。座面にはリリエスに頼んで皮を張り付けてもらった。つるつるに加工され、いろんな色に染められた美しい皮だ。


 森の銀狐でちびちび飲んでいる時、モーリーは人に話しかけないし、人の話を聞いていない。ただ切り株の空洞に響く森の音を聞いている。隣にはいつもルミエがいる。ルミエは千日の試練中で沈黙している。それを受け入れて、包み込んでくれるのが、森の銀狐という店なのだ。


 モーリーは毎日夕方6時に店に現れ、8時になると消える。8時から4時間、ダンジョンに潜っている。いつも同じ黒い作務衣。作務衣は森の銀狐のもう一人の娘ジュリアスが作ってくれた。ダンジョンでは仮面付きフードをする。仮面の口は大きく歯をむき出して笑っている。


 少しでも陽気に見えればいいと思う。ダンジョンで会う人にはモーリーとルミエを見て、怖がる人がごく一部いる。モーリーの巨体だ。それが羽を出し、飛翔して鎌をふるっている姿が死神に見えるらしい。


 ルミエは神々しい聖女だが、メイスが武器なので血まみれになっていることも多く、誤解を受けやすい。彫像になっていて口がきけないから、誤解を解く方法がない。モーリーは無口だし。それで誤解は放置している。

 

 武器はアンザムの斧を、一真に頼んで鎌に変形できるようにしてもらった。モーリーはもともとカマキリ型モンスターなので、鎌が一番使いやすい。鎌を振るのが死神に誤解される原因かもしれない。でも武器を変えるわけにもいかない。モーリーとルミエは今日も二人で、どこか知らないダンジョンでぴったり4時間戦う。


 深夜0時になると、ダンジョン転移を利用して、モーリーはイエローハウスの下の木工工房に行く。ここでマジックバッグにあるものをすべてセバスに渡す。セバスは売れない死体をダンジョンに吸わせ、DPに変えてくれる。売れる肉や毛皮などは解体し、魔石は冒険者ギルドで換金してくれる。


 工房に着くと1時間瞑想して、魔力操作の訓練をする。1時から4時間木工をする。掲示板を見るとモーリーに来ている注文が一覧で見られる。新たに作る気のないものはコピー指示をする。そうするとセバスが過去の作品をコピーして、注文主に渡してくれる。


 今日はベッドを作っている。マットはジュリアスが作ってくれた。丈夫なスパイダーシルクの布マットに、麦藁がみっしり詰まっている。厚さは20センチ。その大きさに合わせて、板を切る。ジュリアスの布は温度や湿度を自動調節してくれる。丈夫なベッドと組み合わせれば、きっと寝やすいだろう。木工は1時から5時まで。


 少しだけ休んで、朝の6時からは森の手入れ、10時までの4時間。木を伐るだけではない。蜂の面倒を見たり、山菜を採ったり、川で魚を釣ったり、鳥や獣を狩ったりと春の森はやることが増える。白樺や楓から樹液のシロップをもらうのも、春の仕事だ。


 10時からまたダンジョンの工房に戻る。モーリーは木工工房のの他に、もう一つ工房を任されている。今度は4時間、食品の加工をする。蜂蜜を瓶詰めしたり、干した魚を薫製したり、ハムを作ったりだ。


 今は春なので山菜のあく抜きをする。市場にも出すが一番おいしいところは森の銀狐に持っていく。余ったら乾燥したり、塩蔵したりして保存する。保存することでうまみが増し、生活を豊かにしてくれる。


 食品加工にはルミエも来てくれる。ルミエは料理スキルを持っているから、ソーセージやベーコンをよりおいしくしてくれる。蜂蜜でケーキも作ってくれる。モーリーは甘いものも大好きだ。蜂蜜入りハーブティーでルミエとケーキを食べるのは楽しい。


 そう言えばとモーリーは思う。ダンジョンもルミエと一緒だし、森の銀狐でも隣に座っていることが多い。居ることを意識しないほど、ルミエと馴染んできたと思うモーリーであった。


 14時からはまた森の手入れに行く。4時間やったら森の銀狐で2時間のんびりする。なぜこういう規則正しい生活になったか。それはセバスのおかげだ。4時間以上同じことを続けてはいけないと言われた。効率が落ちるのだそうだ。


 前のめりでは長く走れない。焦って頑張りすぎてはいけないとセバスは教えてくれた。6割の力で、いろんなことをやるのがいいそうだ。週に少なくとも1回は休みを取る。だから何もしない日もある。確かに今の生活は快適だ。


 セバスから勧められたことがもう1つあって、セカンド・アイデンティティというものだ。モーリーは基本的にはリリエスの従魔で冒険者だ。一部から死神と呼ばれていることは忘れよう。気にしていないし。


 ともかくもう一つの自分を持てと、セバスは言うのだ。それがセカンド・アイデンティティ。


 そこでモーリーが選んだのは木工職人だった。木を愛するモーリーが切り株のイス作りをきっかけに目覚めた趣味だ。いや趣味ではなくて、それがもう一人の自分。もしかしたらこっちが本当の自分ではないかと思えるような自分。それがセカンド・アイデンティティらしい。


 モーリーは木工士ギルドにも登録した。木工士として、本格的に腕を上げていきたいと思っている。

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