第107話 差別の重層
テッドが護衛達を連れてベガス村にやってきたのは午後3時頃だ。既に行商は再開され、事件の痕跡は一見なかった。建物が新築時に戻ったことが痕跡と言えば痕跡だ。
ただ死体はある。赤ちゃんと老人の死体。そして生きている盗賊団の捕虜が22人。そのうち騎馬隊にいた一人は女だった。テッドは何が起こったか知っているが、他の護衛達は話を聞いても理解できない。突然英雄たちが現れてという話を聞いても、護衛達も困るだけだ。
28人の盗賊団がベガス村を襲撃。村人を3人殺害。22人捕まえたが、6人が逃亡中。テッドはそう領主側に報告するつもりだ。22人は奴隷商に売るので、断りを入れる必要がある。
領主は自分の財産が損なわれない限り、盗賊退治に動くことはない。住民は税を納める領主の財産だから、減るのは困る。しかし今回は赤ちゃんと老人だ。どちらも財産のうちに入っていない。領主は税が減ることはないと考え関心は持たないだろう。
テッドは事態を収拾した。ただ行商が終わったら、捕虜を連れて帰っただけだが。村長には葬式代を10万チコリ寄付した。ゾルビデム商会のせいで襲われたわけではないが、まあ見舞金だ。大きな商会は評判が大事だ。そして評判は金で買える。
村の人びとの関心はさっき見た獣人のミックスであるリビー、その華麗な戦い方に移っている。村人の中にはリビーの美しさに感銘を受けた人もいた。でも大多数は、リビーが盗賊団から逃げたことで、村が受ける新たな負担を怖れている。
差別されているものは、差別されているものの中に、さらに差別を作り出す。犬獣人や猫獣人が上で、ケンタウロスやリザードマンは底辺だ。外見がヒューマンから離れているものには差別がひどくなる。獣人間のミックスはさらにその下。ミックスの中でもケンタウロスとリザードマンのミックスは一番下。さらに女性への差別もある。リビーは人間の最底辺にいた。
村人の認識ではエルフが一番上で、次がヒューマン、ドワーフ、獣人という序列の階層構造だ。しかし今日助けに来てくれた英雄たちには、彫像化してさらに神々しくなったエルフもいれば、ヒューマンも、獣人も混ざっていた。あの最も底辺だったリビーまで対等な一員として英雄たちの中にいた。
しかもリビーは強くて、盗賊団を華麗に魔法剣で倒していた。美しいとさえ思ったことは口には出せなかった。そんなことをしたら、世界の秩序が崩れて、何かもっと悪いことが起きてしまう。
獣人たちにはリビーが盗賊団から逃げたことが、村人以上に重大問題だった。盗賊団が次の女を要求するのは目に見えていた。次の女をどの家から出すか。リビーの家族が償いをするのが、当たり前だ。リビーには12歳になる妹がいる。それを差し出すしかないだろう。獣人たちはそう結論付けた。
テッドがピュリスに着くと、テッドに加えて、アンジェラ、クルト、サイスを加えて尋問の開始だ。22人全員に、魅了が与えられていた。ルミエに来てもらって、解呪する。
尋問の結果分かったのは男たちはハルミナ付近の盗賊団である事。それ以前は女性たちとも、赤い鎧の女ボスとも一切関わりがなかった。7人の女たちがやってきて、魅了によって男たちは、一瞬で女ボスの支配下に入ったらしい。それまでボスだった男は殺されたという。
女は聖女のように美しく、鬼人のように強い。盗賊団は魅了が解呪された後も、女に心酔していた。その女の名前はスノウ・ホワイト。アリアスの傭兵だと自分で言ったらしい。
騎馬の女はアリアス近辺の女だけの盗賊団の一人だった。突然に赤い鎧を着た女が訪ねてきて、魅了をかけて全員を自分の配下にしたという。男たちと全く同じやり方だった。この女も魅了が解けた後もスノウ・ホワイトへの心酔を隠さなかった。
捕虜たちはまずアンジェラによって奴隷になっていた。テッド達の取り調べは、全員が真偽判定のスキルを使ってのものだ。捕虜たちは奴隷として主人に逆らえないし、もし嘘をついても真偽判定ですぐわかる。だから彼等の言うことはすべて真実だ。
一方、深夜エルザたちはリビーの家族に会うため、ベガス村に来ていた。エルザとリビー、それにルミエとワイズ。リビーの家族は母と妹の二人だ。
エルザと一緒にリングルへ行くと言っていたリビーだが、村から帰ってその意思が揺らぎ始めた。リビーはエルザにやはり元の盗賊団のところに戻りたいと言い始めていた。
このまま逃げたら家族がひどい目に合う。そして妹が盗賊団に差し出されるに決まっているとリビーは言う。エルザが盗賊団を壊滅させると言っても、妹がそれまでの間に、盗賊団の性奴隷とされるのは我慢できないとリビーは言うのだ。
エルザはリビーの家族もリングルへ連れて行くことを、決意せざるを得なかった。母親31歳と、妹12歳だ。転移は一人につき、一人を抱きかかえて転移できる。あと二人チームの仲間が必要だった。それでエルザはルミエとワイズにも同行を頼んだというわけだ。
リビーの予測通り、リビーの妹が姉の代わりに、明日盗賊団に届けられる手筈になっていた。逃げるなら今しかなかった。なんとかぎりぎりでエルザは間に合った。
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