第103話 ミーシャの涙

 冒険者ギルドの建て替えが終わった。劇場と冒険者ギルドが一体となった大きな建物。この二つを隔てるように、真ん中に図書館ができた。ここから階段で地下2階のダンジョン入り口へ直接いける。地下1階の公衆浴場へ行くには、いったん外に出なくてはならない。


 図書館への来客も増えた。サイスの生活も少し変わった。テッドとの昼食会が無くなり、朝食会に変わった。これに参加するのはテッドと妻のアンジェラ、サイスとジュリアス、それに一真である。


 ここで様々な情報が交換される。念話でアリアスにいるクルトやアリアが参加することもある。共有すべき情報はイメージとして、チーム全員に配信される。ダンジョンコアのセバスが、いい仕事をしてくれる。念話のバージョンアップで可能になったが、イメージ共有はとても便利だ。


 エルザは近いうちにリングルへ転勤する。クルトの要請だ。プリムが秋にリングルへ嫁入りする。その前にプリムの影の力として働くために、先に移動しておくのである。エルザが転勤したら、念話で参加してもらうことになっている。リングルだけでなく、カナスも含む西部地区の情報は必要になるはずだった。


 テッドとジュリアスの当面の課題は、サエカとベガス村の間の道路整備だ。これができればサエカの塩をハルミナに運ぶことができる。ン・ガイラ帝国のドンザヒやリングルから運ばれた品もハルミナに届けられる。


 輸送費用には護衛の人件費も含まれる。だから盗賊団を壊滅させられれば、輸送時の護衛の費用を軽減できる。テッドとアンジェラは盗賊団対策も熱心だ。実際ピュリスとサエカ、ベガス村、テルマ村の間はケリーが囮になって着実に盗賊は減っている。


 索敵隊も盗賊団の情報収集に協力することになった。特に盗賊団が多いのは、サエカとベガス村の間だ。索敵隊の情報収集はここを重点とすることになった。


「ジュリアス。サエカやベガス村は少し遠くないかな」


「索敵隊はゴーレム馬15頭導入したの。テッド。ゴーレム馬を最速で走らせれば、ピュリスから1時間でベガスやサエカに着ける」


「それ世話が楽そうだな。ゾルビデム商会でも導入しようかな」


「それ秋の競馬には使えないわよね」


とアンジェラが言う。


 とりあえず、索敵隊の安息日の野外訓練には、サエカやベガス村は適当な場所だとアンジェラとサイスは思う。


 サイスはテッドのゾルビデム商会での朝食会を終えて、8時に図書館に着く。午前中に来る人はあまりいないので、本を書くことにしている。


 今書いているのはこの1か月の旅の記録だ。軍事都市カナス、本屋のあるリングル、古い町ハルミナ、王都アリアス。4つの町でサイスが体験したこと。絵本にしたのだが、絵はジュリアスに書いてもらう。イメージ共有ができるようになったので、絵本を作るのは、とても楽になった。サイスは図書館の蔵書を少しでも増やしたいのだ。


 ジュリアスは森の銀狐の自分の部屋で、サイスのテキストをもとに絵を描いていた。そこに妹のミーシャがやってきて、出来上がった絵本の最初の読者になる。


 ミーシャは7歳だが、孤児院の子と一緒に字を習っている。たどたどしいが、もう本が読める。そのミーシャが急に泣き出した。


 ハルミナの次の日、ベガス村にサイスが泊まった夜のページである。盗賊団がベガス村にやってきた場面だ。ケンタウロスとリザードマンのミックスの娘が性奴隷として連れて行かれた。


 ミーシャはジュリアスと父親が違う。母が娼婦だからしょうがない。どちらも、父が誰だか分からない。ミーシャは狐獣人とケンタウロスのミックスだったのだ。ケンタウロスは馬型の獣人で力が強く、走るのが速い。ケンタウロスはこの辺では珍しい。この娘がミーシャの姉である確率は高い。


 それが分かっているのか、それとも同じミックスである自分と重ねているだけか。ミーシャは泣き止まなかった。性奴隷の意味は分からなくても、この娘がひどい目に合うことは分かったのだろう。ジュリアスはミーシャにこの女の人を助けると約束するのであった。


 ワイズは特に義務付けられた仕事が無くなった。今はテッドに頼まれて、サエカとベガス村の間の地中の状況を探っていた。ワイズに芽生えた地中活動のスキルは、地盤を調査するには最適だったのだ。もちろん報酬はけっこう高い。


 ワイズはエルザからポータブルダンジョンを借りた。ゴーレム馬に乗り、サエカからベガスまで移動して、ここをダンジョンの一部に登録した。春の乗馬は快適だ。半日かからず完了する。これでダンジョンのワイズの薬師工房からでも、リリエスの家からでもダンジョン転移で一瞬で行き来できる。


 ゴーレム馬をマジックバッグにしまって、ベガス村から地中に潜った。しばらく地中をサエカ方面に歩くと、鷹の目に何かが映った。3人の商人が盗賊に襲われそうになっていた。


 この道は馬車が使えないので商人は荷車を引いている。鷹の目で詳細を見て取るワイズ。土魔法の出番だ。盗賊の周りを土の壁で覆う。盗賊はパニックになっている。約30分。商人が2キロ先に遠ざかるまで、土の壁を消さなかった。


 30分後、土の壁が消えたが、盗賊たちは何が起きたか分からず、狐につままれた顔でアジトに帰って行った。地中でワイズがあとをつけているとは気づくはずもなかった。ワイズはあっけなく盗賊団のアジトを突き止めて、地図に記入した。


 その夕暮れまでワイズは、地中の状態を探った。そしてサエカとベガス村間の地盤は安定した岩盤であることを確認した。これはテッドとアンジェラには朗報だった。大きな森林がないことは分かっていた。安定した岩盤であれば、地中を深く掘る必要がない。道路建設は早期に終わるかもしれない。














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