第102話 ケリーの生活

 ケリーの生活は春になって、少し以前と変わった。アリアはいなくなった。今はワイズと二人で朝の狩りをしている。ワイズがいつの間にか13歳になって、8つも年上になって、何か騙されたように感じているケリーだった。


 狩は最初の頃よりは上達している。アリアからもらった糸術で粘糸を出し、モンスターの動きを止めてから攻撃する。攻撃手段は短剣あるいは、攻撃魔法の風刃を使う。短剣のスキルはまだ生えてこない。


 リリエスとワイズと3人での朝食。苦いお茶と大麦のおかゆだ。ケリーはその後テッドのゾルビデム商会へ行って、村への行商の護衛をしている。ピュリスでの痛み取りの商売はやめた。代わりに痛み取りのスクロールを、冒険者ギルドで売っている。


 行商の村は遠くなった。今まで行っていたのは、城壁の角にあった4つの村。その村には新たな城壁が作られ、城壁の角だったところに通用口が作られた。村から都市の市場が近くなった。それに市場まで行かなくても、小さな商店街が4つ、角の内側にできた。そこで大抵のものは間に合うのだ。


 今ケリーが行っているのは1つはサエカ。ケリーの故郷だ。知り会いは全員殺されて、全く新しい町になっている。人口も増えて、商店もある。ゾルビデムの支店もあるので、そこへ決められたものを運ぶだけだ。


 ケリーの役目は御者ではなくて、馬車の護衛だ。むしろ囮かな。5歳児が護衛していると、侮った盗賊団が襲って来る。二人の御者が本当の護衛で、テッドの配下の中でも最高の手練れである。盗賊が襲ってきたら、まず結界を張ってくれるので、ケリーも安全だ。


 ケリーだって役に立っている。気配察知や鷹の目で、盗賊の居場所や人数などをいち早く教えることができる。あとは捕まえた盗賊を粘糸で拘束する時にも役に立つ。


 常に気配を探っているし、帽子から糸を出して、糸をまっすぐに保つ訓練をしている。1か月前からやっているが、馬に乗っていると結構難しい。糸は気配察知と連動している。人がいると空気が動くのか、この糸が反応するのだ。それに馬に乗るのが上手くなってきた。


 ケリーの給与は月3万チコリ。8時から15時の仕事だ。サエカは馬車で2時間半くらいだ。荷の積み替えと昼食に2時間。12時半に帰りの馬車が出て、3時前にはピュリスに着く。


 昼の休憩中にケリーは痛み取りの商売をする。どこの場所でも、あちこち痛い人が多い。女の人はお腹が痛くなる時があるらしい。でも人口が少ないから痛み取りの商売は、1時間かからない。500チコリだが、代金がガラクタでもいいのは前と同じだ。


 その後、漁師さんのところへ行き、頼んである昆布を買う。この国では昆布はゴミなのでとても安い。ついでに網にかかったけど食べない魚を、まとめて売ってもらう。イカやタコが入っている。一真が好きなのだ。マジックバッグに入れておけば新鮮なままだ。テッドとは現地でのケリーの商品購入は自由という約束になっている。


 他に行っている村はベガス村。ピュリスの東、人口500人くらいの大きな村だ。周りには小麦の畑や菜の花の畑がある。この村の向こうにはハルミナという大きな都市があるらしい。ケリーは行ったことがない。それでも遠くの村へ行って行動半径が広がって、新しい経験が増えたケリーである。


 ベガス村には獣人が数家族暮らしていて、彼等は畑がない。売る野菜がないので、正規の行商から相手にされない。ケリーは獣人たちから薬草をピュリスの半値で買っている。この村には冒険者ギルドがなく、薬草を売る手段がなかったのだ。他には季節の山菜や木の実を買う。これは帰ったらモーリーに丸投げだ。ケリーもけっこう稼いでいるのだ。


 もう一つはテルマ村。王都アリアスへ行く街道には3つの大きな村がある。その最初の村がテルマ村だ。ピュリスの南門を出てからやはり馬車で2時間半くらいかかる。


 ここは指輪の形をしている。王都アリアスへつながる街道に接して小さな村がある。そこには教会や商店、宿などがあるだけで、住民はいないし住宅もない。ここは低い城壁で囲われている。


 村人は大きな輪になるように、住宅を建てている。大きな輪と小さな輪。それが指輪のようなのだ。住宅の輪の中に広場がある。広場には夕方になると家畜が帰って来るらしい。牛や馬、羊、山羊などの家畜は、昼間は村の外側の牧草地にいる。夜に野獣やモンスターに襲われないように、広場に入れて、住民が守っているのだ。


 ケリーはここでは卵の殻を買っている。白い卵の殻は、粉末にして小麦粉で固めるとチョークになる。孤児院の子たちは、黒く塗った板にチョークで字を書いたり計算したりする。卵の殻はチョークづくりに役に立つ。


 3つの場所に週2回行く。テッドは途中変ったことがなかったか、毎日聞いて来る。盗賊に襲われた時は、どんな盗賊で、どっちへ何人逃げたとか話せばいい。盗賊が来なかったときは、咲いている花のこと、会った人が元気だったとか、なんとなく感じたことを話す。


 3時からは孤児院の子に混じる。ミーシャもいる。ミーシャはジュリアスの妹だ。スラムが無くなって、森の銀狐が開店したので、町へ移ってきた。冒険者ギルドにもGランク(仮登録)で登録している。


 小さい子はダンジョンで薬草採りをする。最低でも100チコリになるから、小さい子には貴重だ。ケリーは薬草名人だから、頼りにされている。


「ケリー、これ薬草なの?」


「そうだよ。ミーシャ。でも同じ種類を集めるんだよ。違うの採ったらだめだからね」


 ミーシャの方が年上だが、薬草園ではケリーは頼りにされている。薬草採りを終えて、下の階層に行く。岩登りやトランポリン、アスレチックでは、ミーシャにかなわない。獣人の身体能力の高さはすさまじいのだ。


 でもケリーには迷路がある。毎日ルートが変わる迷路だ。ケリーはマッピングも得意だし、字が読めるからクイズに答えられる。悔しいミーシャは頑張って、今、字を覚え始めている。



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