第101話 天使降臨

 源泉かけ流しの温泉は大盛況だった。全裸の人間を見る習慣が同性でもなく、男女とも戸惑いがあったが、すぐ慣れたようだ。人間はなんにでも適応し、何よりも好奇心の強い動物なのだ。


 冒険者ギルドは新しくなっただけで、スタイルは変わらない。いつも通り、通常運転の昼酒だ。リニューアルしたダンジョンも大盛況。大人が夢中で迷路やトランポリンしているのは微笑ましい。


 さて国立第2劇場だが、初日は招待客しか入れない。全員着飾って集まるが、まだ統一したドレスコードがないのでバラバラだ。セバートン王国は領主の権力が強く、各地が自立しているので文化的にも統一感がない。ン・ガイラ帝国や神聖クロエッシエル教皇国はまた違うのかもしれない。


 それでもさすがにワイズのサリーは目立っていた。ワイズは化粧もしないすっぴんだ。布は染めていない、飾りもない、縫ってもいない。ただの白い布を巻き付けているだけ。スパイダーシルクなので、素材自体の美しさを感じる。


 下着に来ている白いスクール水着。右肩と両腕は素肌が見えている。健康的なきれいな肌だった。おそらく内臓がきれいなのだろう。それ以上に骨格が整っている。黒目黒髪のワイズ。まるで神に捧げられた少女のようだった。人々はこの少女を何か宗教的存在と認識したようだった。


 一真は黒い礼服でごく普通。ただすごいイケメンに設定しているので、それなりに目立つ。席は最前列の左端。最前列は一番いい席ではないが、細かいところが良く見える。子供には面白い席である。


 一番端が1つだけ空いていた。一真の隣だ。劇場が暗くなった瞬間、そこに一人の背の高い人が滑り込んで来た。黒い肌のアンジェラだ。


「やあ、少年。まだ忍んでこないのか」


「今行きます」


「暗いといっても、ここでか。大胆だな」


「声を出さないでくださいね」


「わかった。いつでも来い」


 一真はアンジェラに憑依した。


「憑依しました」


「新鮮な体験。憑依されてするのか」


「2時間身体自由にしていいんですよね」


「好きにしていい」


「それじゃ、一緒に芝居を楽しみましょう」


 プリムの踊り。真っ暗な中、激しい音楽が始まり、数秒後、ホリゾントが赤く染まる。シルエットが踊りはじめる。いったん踊りが止まる。ホリゾントは消え、ピュリスの城壁が現れる。転換が早い。


 ダンサーが着ているのはビキニアーマーだ。12,3歳の少女だが、けっこう刺激的。音楽が再開し、ソロで剣の舞。


 スタンピードを経験したピュリスの人々には、少女がモンスターと戦っているとわかる。剣筋がきれいだ。今度はその剣の剣にしか見えない。この世界の男女はほとんどが剣をふるうので、それが分かる。


 目が慣れたころ、また真っ暗になり、人々は故障かと思う。そこにときどき光るストロボが、ストップモーションを作り出す。蝋燭の照明ではありない視覚体験だ。


 数分でまたすぐ明るくなる。もっと見たかったと思わせる絶妙なタイミングだ。そして早くもエンディングの勝利のダンス。めくるめく音楽と映像の体験だった


「アンジェラ、これ前世でも通用する」


「この世界では、舞台照明は蝋燭だったから、明るいだけで度肝抜かれている」


「アンジェラらしい展開の速さだ。みんなついてこられたかな」


「ほとんどの男は、女の子のむき出しの太ももを見て幸福になった」


 次は影絵だと知っていた。だがとんでもないカラフルな影絵だった。ストーリーはみんな知っている。コロスが合唱でアデルの戦いを華々しく物語っていく。


 影絵というより、大きな動くステンドグラスだった。黒く縁取りされた人物や竜やゴーレムが、幻想的に動いている。神秘的な夢のようだ。英雄が誕生する神話劇を見ているようだった。


 クライマックスは緑の飛竜に乗ったアデルが素早い動きでゴーレムと戦うシーン。何回も危機に陥りながら、最後にアデルが勝つ演出は、観客を飽きさせなかった。練習を見ているのに手に汗を握る。


 短い暗転をはさんで、ギターのような弦楽器の序奏が始まった。今度はメランコリックな始まり方だ。


 ゴーレムの女王の悲し気な歌声が始まる。自らの悲惨と悲しみ。すべて失い辱められた死を予感するゴーレムの女王。


「アンジェラ、長男のダレンはわざと負けたのかな。それとも負けたことをこうやってごまかそうとしているのかな」


「そういう疑問を持たせて、話題になることがダレンの目的だから。実際にピュリスのダレンの敗北の方が、アデルの勝利より話題になっている。頭いいよ」


 ゴーレムの女王が、感動的にダレンを讃える歌で劇は終わる。ダレン役の役者は一言も語らない。照明の効果は最低限しか使っていない。音楽も弦楽器とゴーレム役の女優の歌声だけ。地味だがずっしり感動させる演出だ。終わっても誰も拍手をしない。数分の間があった。


 スポットライトに領主のヴェイユ伯爵が登場すると、やっと万雷の拍手が起きた。歓声が収まると、伯爵が話し始める。型通りのあいさつの後。


「嬉しいお知らせがあります。娘のプリムがリングル子爵の嫡男と婚約いたしました。学園を卒業したら、飛び級でこの秋に卒業しますが、すぐ婚儀を行います」


 観客が立ち上がって祝意を示そうとした。その時舞台の天井から大きな卵のようなものが落ちてきた。床にぶつかると数十匹の蝶のような虫が飛び出した。人々が演出かと思っていると、アンジェラが叫ぶ。


「デーモン・モスよ。みんな口をふさぎなさい」


 観客はパニックになりかけた。一真は素早く小次郎に指示する。


「粘糸の網を出して全部捕まえろ」


 1分もしないで空中で一塊に捕まえると


「ワイズはサリーを脱げ。飛翔して、捕まえた蛾を布に包んで、すぐ転移して」


 白いスクール水着のワイズは舞台の上に飛んで、サリーの布に虫を包んでどこかに消えた。


「アンジェラ、天使が舞い降りたと叫ぶんだ」


 会場は興奮のピークだ。自分たちが目撃した羽のある少女。それが天使なのだと信じ込む。みんなは異様な感動にひたり、我慢できず叫び出す。


「天使が舞い降りた」


 誰かの悪意は確実に存在した。それを利用して一真はこの劇場の伝説を作り出した。一真はアンジェラに


「俺は指揮のスキル持っているから、戦争になったら、アンジェラに憑依して、全体の指揮をしたい。それじゃ。楽しかった。ありがとう」


 そう告げて一真は自分の身体に戻り、一瞬でいなくなった。









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