第98話 内戦?まさか
サイスがテッドを訪ねてきた。アリアス、カナス、リングル、サエカを回ってきたという。しかも塩の価格を調べてきた。
「まず塩の価格を知りたいな」
「一番安いカナスを100としたら、近くのリングルで180」
「カナスは岩塩を掘っているだけだから安い」
「市場の人の話では、かなり深いところまで掘らないと塩がとれなくなってきたと言った」
「そいつは貴重な情報だな。リングルの塩づくりは見てきたか」
「塩田作ってあった」
「うちもそうだが、海塩はどうしても高くなる。塩田で海水を濃縮してるんだ」
「リングルが塩づくりにこだわるのはなぜなんだろう」
「サイスはどう思う」
「何かあった時、塩を止められてもいいようにかな」
「ボルニット家は昔は侯爵だったんだが、カナス辺境伯にはめられて、流罪になったことがあるんだ。18年前だったかな。その時リングルは廃墟になった」
「今は活気あるいい町だったけど。そうだ紙を作る工場があった。テッドに頼んで紙を買いたいと思っていたんだ」
「それは後で。塩の価格の続きをたのむ」
「アリアスは200。カナスの倍だった」
「なぜ高くなっていると思う」
「輸送費。あとは独占しているので、利益をかなり乗せているかな」
「その通りだ。カナス辺境伯が権力を握っているのは、塩を独占しているからなんだ。あとは飛びぬけた軍事力と財力」
「でもカナスは貧富の差が激しくて、いい町じゃなかった」
「軍事都市だし、ン・ガイラ帝国との貿易の利益はリングルに取られているから、活気はないかもしれない。あとはハルミナか」
「ハルミナは塩は220。ピュリスと同じくらい」
「ピュリスは今、180に下がっている。サエカでの塩づくりが劇的に安くなったんだ。ジュリアスのおかげで」
「ジュリアス活躍したんですか」
「ゾルビデム商会はジュリアスに救われたのかもな。ジュリアスは泥炭を発見したんだ。すぐそばで」
テッドは最初に塩の価格を確認した。テッドの掴んでいる情報通りだった。裏をとることは常に大切だ。だからサイスの情報はありがたかった。塩の価格以上にテッドには知りたいことがあった。ベガス村からサエカに抜ける道のことだ。
テッドの塩づくりはピュリスとハルミナを相手にすれば採算は取れる。ハルミナをカナスから奪い取る。それにはサエカとベカス村の道路を整備するしかない。
「サイス。ベガスからサエカの道はどうだった?」
「草原の踏み分け道でした。あんまり人が通っていないんですね。でもモンスターもいないです。森がないですから」
「そうか。森はないんだ」
サエカとベガスを結ぶ道路整備は、森の木を伐る大工事でない。それはテッドには朗報だった。
「テッド。カナスの町で8歳の孤児の女の子助けたんだ。だけど孤児院でじゃ引き取ってくれなくて」
「孤児院は普通5歳までだからな」
「それで奴隷に売ってきた。ジェビック商会に」
「あとで役に立てようと思ってかな?」
「その時は何も考えていなかった。まだ自分で育てる力がない。助けただけでは、この子は生きていくことができないと思った」
「たしかに奴隷になれば生きのびる確率は高い。その判断は間違ってはいないな。奴隷商は商品を殺さないから」
「それで理由説明できないんだけれど、その子にリテラシーのスクロール買ってあげた。5万チコリでジェビック商会に売った後、別れる寸前に内緒でスクロール読ましたんだ」
「読み書きできる8歳の女の子だったら、100万チコリで売れたかもしれないな」
「そうなると、自分で買い戻すことができなくなる」
サイスは自分が善意から行動したのか、後でレニーを利用しようとしていたのか、自分でも分からない。人間の行動はすべて説明できるものではないのだ。
「まあ10万チコリだったら、買い戻しは楽だ」
「数か月後に来るから、売り先を教えてくれと店員に頼んで来た」
「規則違反だからそれは難しい」
「1万チコリ渡した」
「受け取ったか?」
「受け取った。今度来たとき、また1万チコリ渡せば、ヒントをくれると言っていた」
「怪しい店員だな」
「その時、ピュリスのアンジェラの配下のハンスだと名乗った」
「明日アンジェラのところへ行って、その話直接した方がいい。なんか怪しい」
ピュリスの塩の販売をゾルビデム商会が取った。サイスが帰った後、テッドはいろいろ考えている。これだけならカナス辺境伯は動かないだろう。
だがジュリアスの発見した、泥炭による価格低下はまだ反映されていない。塩田のすぐ近くで発見された、無尽蔵な燃料。泥炭は露天掘りなのでただ持って来て乾燥させるだけだ。
原価が130くらいになると、ピュリスまでの輸送に10、利益を20乗せて160。ピュリスでの塩の価格はまだ下がる。王都アリアスまでの輸送費が40とすれば、200。カナス辺境伯の岩塩と勝負できる。王都とピュリス間の護衛はカシム組に頼めばいい。
それに原価は130を切るかもしれない。海水はただだから、コストは人件費と燃料代だ。テッドは燃料を燃やす竈の改良に成功していた。竈自体リリエスの土の家のものを大型化しただけだったが、それに風の魔道具をつけたのだ。泥炭も良く燃えるし、量も少しでいい。人件費はピュリスのスラム解消の事業を利用して、スラム住民を移住させて安く使っている。
ハルミナは人口3万だから無視できない町である。サエカからは遠くない。徒歩でも2日。馬車なら朝出れば夕方に着ける。ここの塩はサイスの情報でも現在220。原価130で計算しても、輸送費は30、利益20として、180で売れる。もっと高くして。200でもいい。
この街は取れる。問題は道の悪さと、盗賊被害か。テッドは考えを進める。道路整備はジェビック商会や領主のヴェイユ家と共同でやればいい。幸い難工事にはならない。盗賊団退治は冒険者ギルドに頼んでみるか。
アンジェラのジェビック商会は、ン・ガイラ帝国のドンザヒ・リングル・ピュリスを結ぶ定期航路を開設すると言っていた。ドンザヒは、会長のゾルビデムの養子カーシャストが領主をしている。そしてその領主の姉が、リングルの領主ボルニット子爵の母になる。リングルのボルニット子爵から見ればドンザヒの領主カーシャストは叔父に当たり、ゾルビデム商会とも深い縁がある。
商売するうえで、余りに政治的に動くと、いろんな勢力と敵対してしまう。しかし世界最強のン・ガイラ帝国宰相のゾルビデムが後ろ盾なら、時によっては戦争で敵を叩き潰しても問題ない。ゾルビデムは10年前にン・ガイラ帝国の宰相になっているのだ。ここは会長に連絡を取ってみるか。
しかしアンジェラはやることがえぐい。ジェビック商会・キース銀行・ゾルビデム商会は裏でつながっている。そしてゾルビデムはン・ガイラ帝国の宰相だ。その力を背景としているから怖れるものはない。
だからと言って、ピュリスをリングル・ドンザヒと海路でつなげるのは、ピュリスはカナスと対立すると宣言するようなものだ。今これをやると相当カナス辺境伯を刺激することになる。カナスから商会が撤退する準備も必要になるかもしれない。
もしかしたら本当にジュリアスの泥炭の発見が、戦争の引き金になるのか。ピュリス対カナスの内戦だ。そしてそれがもっと大きな戦争、ン・ガイラ帝国対セバートン王国の戦争につながるかもしれない。テッドは戦争を望んではいない。しかしゾルビデム商会上部の意思は分からない。
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