第97話 ベガス村
サイスは3つの都市についてクルトと話していた。
「レニーという女の子を将来どうするつもりだ」
「特に決めていません。無事育ってくれればいいかな。多分10万チコリくらいです。リテラシーがあれば成人までに自分を買い戻せるでしょうし」
「サイスもまだ幼いな。その子はスリーパーに育てると良い。もともとカナスの住民だからね。疑われないからこっちには都合がいい」
「なるほど」
「スリーパーに求めすぎると失う。それだけは気を付けて」
「わかりました」
「気にいったら、自分の女にするがいいさ」
「いやそんな気は、まだ8歳ですし」
「カナスとリングル、どっちが気に入った?」
「リングルですね。ボルニット子爵は善政を敷いていると思いました」
「リングルの弱点はどこにある」
「ボルニット子爵が善政を敷いていることです。彼がいなくなったら、リングルの良さは無くなってしまうでしょう。それと比べたらカシムが利益だけを求めながら、結果的にみんなを幸せにしているアリアスの方が優れているのかと思いました」
「10歳にしては賢いことを言う。スノウ・ホワイトの孤児院に行ったか」
「ええ、外から見ただけですが。確かに素晴らしい所かもしれません。でも結局は金持ちの道楽ですね」
「善意は俺には退屈だな。リングルも。俺にはあの町は息が詰まる。悪が存在しない。闇の情報屋まで善人だったんじゃないか」
「確かに。神を信じているみたいでした」
「悪場所がない都市はまだ若い。リングルは昔一旦廃墟になったから、底が浅いんだ」
「廃墟ですか」
「そのうち歴史も学んでみるんだな。で、次はハルミナだ。何を知っている」
「ピュリスの南にある人口3万の内陸都市ということだけです」
「今回は徒歩旅行の訓練だ。ハルミナからサエカに寄っていくこと。それから途中の村の観察も忘れずに」
8泊9日の日程になる。サイスは徒歩の旅は初めてだった。商人のおつかいという偽装をしている。途中の村はただの普通の村だった。ひたすら貧しく、貧富の差が大きい。差別もひどい。
ハルミナ。1年前のピュリス。それを半分にしたような都市だった。市場、スラム、孤児院も小規模で、スラムや孤児院は、昔のピュリスのように見捨てられていた。
塩の価格はピュリスと同じくらいだ。カナスが一番安くて、それを100としたら、リングルは180,アリアスは200,ハルミナは220。ピュリスも220くらいでハルミナと同じくらいだった。
カナスが圧倒的に安い。塩を支配していることが、カナス辺境伯の権力の源泉だとわかる。リングルはカナスに近いのに、海水から塩を作っている。他の都市はカナス産の岩塩を買っているから、遠くなるほど高い。
ハルミナから出てベガスという村に1泊した。ピュリスとの中間地点だ。ここまでの道は悪くなかった。ベガスは農業主体の寒村で、人口は500人くらい。宿はなく、頼めば村長の邸に泊めてもらえる。
そこに盗賊が来ていた。村を焼き払って奪っていくのではなく、寄生虫のように、襲わないかわりに金や食料を供出させる。今回は女だという。
村も分かっていて、獣人たちの数家族が、順番に盗賊に女を差し出すことになっているらしい。盗賊団の中にも獣人がいる。娘は盗賊団共有の性奴隷だ。妊娠した娘は村に返され、獣人同士の混血が生まれてくる。獣人の中でも最底辺のミックスだ。ひどい差別を受ける。
連れていかれる獣人の娘を見た。既にケンタウロスとリザードマンのミックスだ。次に生まれてくる子はさらに別の種類がミックスされるのだろう。だが醜いわけではない。むしろ美しい、凛々しい人だった。
サイスには何もできない。領主はヴェイユ家だが何もしてくれない。サイスはレニーと同じように奴隷に売ってやりたいと思ったが、仕組みがきっちりと出来上がっていて、口を出す隙が無かった。
翌朝、ベガス村からサエカへ向かう。ここからの道はひどい。かろうじて一人が通れる踏み分け道だ。ただ大きな木がある森林ではなく、見通しの良い草原の道だった。草丈は短い。
サエカが港湾都市になるとしたら、ピュリスの5万だけでなく、ハルミナの3万も商売の相手にしたいということだろう。そのためには安全な道が必要だった。テッドは塩の商売をしているから、切実かもしれない。アンジェラも。でもクルトにとって何の利益があるかは、サイスには分からなかった。
夕方遅く、サエカについた。活気がある。サエカはもう人口が1万人位の小都市になっていた。宿もあるし、冒険者ギルドもある。娼館すらあるのだ。
翌朝、塩づくりの現場を見学させてもらった。泥炭を乾燥させて竈にくべていた。泥炭は近くに無尽蔵にあるのだという。もしここで安く海塩を作ることができれば、カナスの岩塩に対抗することができるかもしれない。ピュリスまでは川を使えば安く運べる。
明日は船でピュリスへ帰ろうと思うサイスであった。船旅は初めてだ。いろんな経験ができた旅だった。
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