第96話 どんぐり粉のパン
義勇軍索敵隊は隊長ジュリアス。テッドから月5万チコリのの手当てが出ているが、5万チコリでは生活できない。別に仕事を持っても構わないという契約になっている。テッドはジュリアスを育成したいのである。
副隊長はサイス。彼は正式の家臣ではないが、領主ヴェイユ家から月5万の手当てを受けている。これも図書館を維持している限り、領主は口を出さない。ヴェイユ家執事は全く期待していないのである。
隊員は成人したばかりの子から20代前半の男女8人。学生もいれば、市場で働いている人、パン屋など様々だ。そして予備役という引退した人が20人。こちらは家族持ちだ。
サイスとジュリアスはイエローハウスに住んでいる。隊員も予備役の人も中流住民の地区に住んでいる。全員、森の銀狐の近くに住んでいるのである。若い独身の索敵隊員たちが、ジュリアスが手伝っている森の銀狐に、なんとなく集まり始めた。
温かい家庭料理が出て、軽く酒も飲める。ギルドの酒場のように荒っぽくない。ジュリアスの母親はナターシャと言って、娼婦上がりの気さくな女性。ミーシャという7歳のジュリアスの妹も手伝っている。狐獣人だからと差別する人は、ここにはいない。
予備役の家族持ちや一人暮らしの高齢者が立ち寄るようになった。味と雰囲気の良さが評判になり、森の銀狐は住宅街に溶け込んだ。意外な客も来るようになった。モーリーとルミエだ。ルミエは千日の試練の最中なので、しゃべることはできない。
それでも一時期の焦りが消え、雰囲気が柔らかくなった。モーリーのおかげもある。人を拒絶する棘のようなものが消えた。ルミエは料理のスキルを持っている。老人たちを美味しいスープで癒してきた。老人たちがいなくなって、作る量が減ってさびしいルミエだ。
エルザまで夕食を森の銀狐で食べるようになった。エルザは森の銀狐でルミエのスープを飲みたいと言って、ごねるのである。ナターシャのもおいしいけれど、ルミエのスープはお母さんの味がすると。エルザはお母さんと過ごしたことはないのだが。
常連客の要望もあって、ルミエは大量のスープを森の銀狐に提供し始めた。このスープはモーリーも好きだ。モーリーは現金を持ち歩かない。普段使わないのだ。しかしお金を払わないというわけにもいかない。モーリーは物々交換することにした。蜂蜜、新鮮な鴨肉、ハム、ソーセージ、燻製した魚、干した果実、塩漬けの野菜。
なぜかルミエも対抗する。コカトリスの味付きゆで卵、唐揚げ、ローストコカトリス。常連客にはたまらない裏メニューである。表のメニューは女将のナターシャの得意料理が並ぶ。兔肉のシチューや、オーク肉の野菜炒め、ミノタウロスの分厚いステーキ、寒い日に温まるポトフもある。こちらも旨い。
そして究極の裏メニューもある。森の銀狐は、Barセバスと、魔法空間でつながっているのだ。Barセバスは飲み物が主体だ。エールと砂漠の修道院のワイン、各種カクテル、ポーションの炭酸割、ワイズのタンポポコーヒー、各種ハーブティー、おつまみはローストしたクルミ、干し野イチゴの蜂蜜漬け。
これを無理やり繋げたのもエルザである。エルザは実は酒癖が悪いようだ。Barセバスで飲んでいて、急にポトフが食べたいと言い出した。セバスに無理強いして、森の銀狐をダンジョンの一部にした。そして強引にどちらからでも、出前を取れるようにしたのである。ちなみに人が運ぶわけではない。不思議な魔法を使うらしい。
大繁盛である。忙しいのでジュリアスもミーシャも手伝う。ルミエも厨房に入る。こうなると美人な女性店員目当ての、荒っぽい冒険者が寄ってくるのであった。みんな美人で、ミーシャは可愛い。中でもエルフのルミエの美貌は別格だ。しかも彫像になっている神々しさ。
だが黙々と飲んでいるモーリーの巨体がある。進化の実を食べて、能力値が倍になり、さらに24時間木を伐って鍛えているモーリー。普通の冒険者ではかなわない。肉体的な強さだけではない。それ以上に何か静かな迫力がある。騒ぐこともできず、荒っぽい男たちは大人しく帰っていく。
健全な食事処として地域に定着してゆく森の銀狐であった。いくつかの波紋がある。モーリーが店のイスづくりをした。そこから木工や家具作りに目覚めたようである。木を愛するモーリーは、木を美しくする道を歩き始めた。
もう一人影響を受けたのは、リリエスである。リリエスの4つの家もいつの間にかダンジョンに組み込まれていたから、出前ができるのである。 酔っぱらったエルザが、大胆にもリリエスに大麦のおかゆの出前を注文した。大麦は家畜の食べ物という偏見は、それによって打破された。大麦のおかゆは美味しかったのだ。
給料日前でお金のない若者は、それで飢えから救われる。リリエスには他にも格安メニューがあった。どんぐり粉のパンと血のソーセージである。どちらも食用にはしないものだったから安い。しかも旨い。
どんぐり粉はなかなかタンニンが抜けず、どうしても少し苦かったが、一真が分解の魔道具を作ってくれて、タンニン分を完全に分離してくれた。真っ白なパンができるようになった。そのパンに黒い血のソーセージをはさむとこれも旨い。
索敵隊のパン屋さんが、50チコリでパンに血のソーセージをはさんだものを売り出した。これが貧民に爆発的に人気がでた。この冬のピュリスでは、ほとんど貧民の餓死が出なかった。もしかしたらこのソーセージパンのおかげかもしれない。それに土の家は本当にわずかな薪で温まるのだ。
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