第95話 白い冬バラ
王都アリアスに帰って、サイスは2つの町を比較している。カナスとリングル。共通点の多い都市だ。どちらもセバートン王国の西部にある。この二つの領地は隣接している。リングルの西にガイゼル湾が内陸に切れ込んでいて、この湾の奥にカナスがある。リングルはカナスの南にある。
産業も似ていた。ン・ガイラ帝国との貿易、漁業、塩づくり。塩づくりではカナスは岩塩の採掘、リングルは海塩である。海塩はコストが高いのになぜリングルは作っているのか。カナスと内戦になった時、塩を止められてもいいように?まさか。でもあり得るかもしれないとサイスは思う。
二つの町は共通点以上に違うところも多かった。カナスはよそ者に冷たく、獣人差別も激しかった。貧富の差も大きかった。何より軍事の町だという感じがした。サイスはカナスが嫌いだった。
リングルは全くその反対。新しい工場地帯ができていて、よそ者や獣人への差別が少ない。サイスにとって図書館の充実や本屋の存在は本当に驚いた。サイスにとってリングルの領主ボルニット子爵は尊敬すべき人物に思えた。
この二つと比べて、王都アリアスを見たら、どう見えるのだろう。今、断続的にアリアスに宿泊しているサイスである。故郷ピュリスと比べて活気ある王都の雰囲気は感じている。クルトに言われた、3つのポイントを調べることにしよう。
まずカシムの図書館に行ってみた。300チコリの入場料を取っている。これでは貧しい子供は入れないなとサイスは思った。国王や貴族の支援がないと無料にはできない。それは仕方ないと思う。
置いてある本の質が悪いのも気になった。内容もだが、木の薄い板に、下手な字で書かれていて読みづらいし、10年しないうちに本が駄目になると思う。
羊皮紙は高価だから、紙の本に書き写すべきだ。紙は羊皮紙に比べて安い。リングルから紙を買うべきだ。サイスはゾルビデム商会ピュリス支店長のテッドに頼んで、自分の図書館の本をの紙に転写をしようと考えていた。
それにしても図書館が熱気にあふれていることにサイスは驚く。リングルでもピュリスでもこんな熱気はない。読書が娯楽でもあることに、サイスはあらためて気がついた。読書から利益を得られることに気がついたカシムは凄い人なのかもしれない。
ピュリスの図書館には純粋なとは言えないが善意がある。ヴェイユ家はクルトの貢献の見返りとして、図書館の運営をしているだけだ。でもそこに善意がないとは言えない。少なくとも家賃とサイスの給料は支払ってくれる。
カシムの図書館には善意はかけらもなく、むき出しの金もうけの意思があるだけだ。だからこそカシムの図書館は優れているとサイスは思った。善意というあやふやなものなしで、図書館が成り立っている。カシムの方が強い。
それは孤児院もそうだった。アズル教の孤児院は善意が建前なのに、私欲にまみれている。カシムの孤児院は利益を得るためにやっているのに、結果的に孤児を幸せにしている。この二つを比べたら、カシムの孤児院の方がましなのは明らかだ。
ピュリスのナージャの孤児院とカシムの孤児院を比べたらどうだろう。ナージャの孤児院で育ったサイスは、ナージャの孤児院の方が子供たちは幸せだと断言できる。でももしナージャが死んだら、善意で成り立っている孤児院は閉鎖されるだろう。私利私欲でやているカシムの孤児院はカシムが死んでも閉鎖されない。利益を生むから。
それはリングルと比べてもそうだとサイスは思う。リングルの領主の善意は明らかだけれど、もし領主がボルニット家から変わったら、図書館も孤児院も放棄されるに違いない。
クルトからある孤児院のことを聞いた。
「サイス。信じられないかもしれないが、王都アリアスには理想の孤児院があるらしい」
「僕にはナージャの孤児院こそ理想ですけど」
「まあナージャも若いころ美人だったけどな、こっちやっている女は若くてきれいだ。しかも傭兵で強いらしい」
全くの善意で成り立つ孤児院か。金持ちの道楽でやっている孤児院ではなくて、女の傭兵が一人でやっている孤児院だという。できることは限られている。3人しか、しかも女の子しか受け入れていない。それでも善意は貴重だ。ナージャのように自分の子を失った人だろうか。
サイスはアリアスの高級住宅街に来ていた。立派な邸宅が傭兵の経営する孤児院だという。普通傭兵は貧しい。よほど腕がいいのだろう。傭兵に名前はスノウ・ホワイト。雪のように純白?純白の善意は貴重だ。善意だけでは社会は回らないが、善意のない社会は貧しいとサイスは思う。
中には入れなかった。セキュリテイーは厳重で、中に忍び込めるような隙間はない。鉄柵の外から、覗いてみることはできた。その日は雪だった。まさにスノウ・ホワイト。雪の中に冬バラがぽつんと咲いていた。純白の白薔薇だった。
あとは市場で塩の価格を調べればいい。闇の情報屋は行かなくてもいいだろう。
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