第92話 劇場の照明

 一真は劇場を見に来ていた。ダンジョンの上層部は東側が冒険者ギルド、西側が国立第2劇場になる。それぞれ2階部分を持ち、ギルド事務所・宿泊所や劇場倉庫。練習場になっている。


 一真が覗いているのは、音楽劇の練習である。劇場のこけら落としに上演されるものだ。その日は領主一族など、ピュリスの上層階級が集う。先日のスタンピードを題材にしているので、一真にもわかりやすい。一真はその時クルトに憑依し、全体の指揮をとっていたのだ。


 3部構成になっていて。最初は12,3歳の女の子が出てきて、一人で剣を持って踊る。『プリムの遊撃隊』と言う本をもとにした踊りだ。鎧を着ているのだが、露出が多く、つい足とか胸に目を引き付けられる。女優が可愛くて、軽快な音楽もあり、楽しめた。しかし領主の娘がモデルのはずだが、結構大胆な踊りだった。いいのだろうか。


 次は次男アデルのゴーレム退治。なんと影絵劇で、コロスの合唱付き。オーケストラも付いて盛り上げようとしている。ストーリーはみんな知っているし、わかりやすい。ただ影絵劇なので、一真には少し地味に感じられた。


 最後が長男ダレンの敗北。これはオペラ仕立て。なんとダレンではなくて、ゴーレムが主人公。無表情のはずのゴーレムが、悲しそうに登場し悲しみの歌を歌う。女優さんの演技力がすごい。魔物の女王たる自分が武器も失い、瀕死でここまでたどり着いた。最後の力を振り絞って、戦って誇り高く死のうと。


 そこに長男ダレンが登場し、黄金の槍をゴーレムの王に与える。そして回復の魔法をかけると、ゴーレムは力に充ちて、いざ真の勇者よ我と戦えと勇壮な歌を歌う。


 一進一退の激しい戦いが続くが、最後にダレンが敗北する。ゴーレムの女王が力では勝ったが、仁愛の心で自分は負けた。汝こそ真の勇者とダレンを讃える。なかなか見ごたえのある劇だった。いつの間にか隣に黒い肌の背の高い女性が座っている。


「世界で初めての完全室内の劇場よ。照明に苦労していてね」


「ライトの魔法を応用して、魔石で照明しているのかな。アンジェラ」


「良くわかったわね。転生者の一真」


「自己紹介いらないみたいで手間が省ける」


「照明に色を付けたいの。ヒントが欲しい」


「照明器具を見たことある。こんな四角い箱だった。舞台の天井にある長い鉄の棒に付けて、上から照らしていたかな」


「それで色を付けることもできるのかな?いやできる。色ガラスを使えばいい。ありがとう。これで影絵が派手になる」


 嵐のようにアンジェラは去って行った。次の日も一真は同じ時間に見に行ったのだが、なんと前世と同じような照明器具ができていた。色付けや調光もされていた。さすがだと思った一真である。


「君のおかげで成功しそうだ。そのせいで戦争が起こる。責任取ってほしい。ピュリスの防衛力を高める方法を考えてくれないかな。今すぐ」


「城壁の周りに堀を作って水で充たす」


「で、次」


「掘った時に出た粘土で、城壁を厚くする」


「ふふん、で次」


「スライムゼリーを城壁の上から塗ると時間が経つと硬化する」


「なるほど」


「次は」


「城壁の上に固定式のクロスボウを装備して・・・・」


「ありがとう有益だった。ご褒美に私の身体を2時間自由にしていい。いつでも訪ねておいで」


 アンジェラは嵐のように去って行った。残された一真が妄想にさいなまれたのは言うまでもない。童貞の一真には刺激が強すぎた。黒い肌のアンジェラは強烈にセクシーな女性なのだ。


 翌日から、土魔導士を動員した堀の工事が始まった。スライムゼリーでのコーティングもやっている。城壁の4つの角に、村を囲む丸い出城も完成した。素早い。2週間ほどで、アンジェラは城壁強化に成功したようだ。そしてアンジェラは領主の長男ダレンにがっちり食い込んで、信頼されていることも分かる。


 クロスボウははめ込め式にして、弓士以外でも、さほど練習しなくても、城壁を攻める兵を退けられるようになった。これは調整にけっこう手間取っていた。威力がありすぎて敵を殺してしまう。


 領主の長男ダレンは、もし戦争になっても相手を決して殺さず、平和的に金銭解決する方針だという。もしそうなれば仁愛の勇者ダレンという評判はもっと高まるだろう。


 一真のもとには、劇場の初日の結構いい席のチケットが、2枚送られてきた。もちろん一真はワイズを誘った。ワイズのご機嫌も良くなったようである。


 さらに領主の長男ダレンから、ピュリスの貴族御用達の仕立て屋での、無料仕立券が送られてきた。もちろん2枚。おまけでピュリス最高のレストランでの食事券も2枚付いていた。前世で1回も経験したことのないデートである。しかも一真は別口で、黒い肌の妙齢の女性から、2時間身体を自由にしていいと言われている。


 これは一真をピンチに導くイベントだったりして。もしこれが乙女ゲームだとしたら、純粋な13歳の少女ワイズが、仁愛の勇者ダレンと出会うイベントだ。ダレンはまだ独身。令嬢たちの人気も高い。しかし浮いた噂は一つもない。純粋なワイズとダレンはけっこうお似合いである。


 その裏で婚約者を裏切って、アンジェラと怪しい関係になってしまう一真。一真はワイズの悪役婚約者ということになる。




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