第87話 木を愛する

 珍しく雪が積もった。白銀の世界になった。モーリーとルミエはあまり話したことがない。モーリーは時々しか町に出てこないし、ルミエも市場に買い物に出るくらいだ。出会うことが少なく、しかもルミエは千日の試練でしゃべることができないので、わざわざ念話しなくてはならない。だから数えるくらいしか話したことがない。


 ルミエにとって、イエローハウスに老人のいない1か月は、自分を見つめ直すいい機会だった。考えることがあった。それというのもユグドラシルから念話が来たからだ。


 どこか遠くのダンジョンでアンデッドと戦っている最中だった。


「汝、偉大なる人種エルフの子、ルミエ」


「アリア?今闘っている。ワイトと。あとでかけ直す」


「切るな!我はユグドラシルなり。エルフにとっては神的存在の」


「なぜ念話?」


「神だからかな」


「神は認めない。王も」


「いかにもエルフ的なり」


「話してもいい、モンスター終わった」


「偉大なる人種エルフの子」


「かけ間違い。偉大なる人種じゃない。ただのルミエ」


「ともかく10歳になったが、精霊との契約は、千日の試練に打ち勝った時になることを告げる」


「一つ聞きたい」


「一つだけなら」


「私は既に許されている?」


「いいや」


「いつ許されるの?」


「試練に勝ち、偉大なる人種エルフの英雄となり、我々の敵を倒したとき」


「偉大なる人種、生理的に嫌。気持ち悪い。他の人たちは劣等人種じゃないから」


「我はユグドラシル。偉大なる人種エルフを加護する世界樹なり。2年後に精霊との契約をなすであろう」


 モーリーには特別な1か月というのはない。強いて言えばルミエと一緒に森の木を伐ることくらいだ。アンザムから譲られた斧はルミエに貸した。自動調節が付与された斧なので、非力なルミエにもちょうど良くなった。エルフだからか、木こりとしての天性があるのか、それとも記憶を失う前に訓練を受けていたのか、ルミエはとてもうまく木を伐る。


 ルミエは体が、のびのびしているのを感じていた。森こそ私の生きる場所だと感じる。千日の長い試練の間で、今だけ許された贅沢な時間なのかもしれない。


 ルミエは出がけにエルザから小さなボールのようなものを渡されていた。


「ただマジックバッグに入れておけばいいだけ」


「何?」


「ダンジョンコアの小さいほう」


「何のため」


「その場所をダンジョンの一部と認識させることができるの」


「ふーん」


「リリエスとモーリーの森に4日持って行けば、5日目からは、イエローハウスから直接砦の家や、神殿の塔に転移できるようになるから」


 ルミエは便利すぎるものには違和感があった。でもこの森に一瞬で来られるのは良いことだと思った。ルミエは自分が森を好きなことを自覚した。


 モーリーもルミエと自分が似ていることに気がついていた。おそらくルミエは人を愛するより、木を愛するタイプだ。(モーリーの思い込み。ルミエの恋愛対象は男なのだが)モーリーは木こそが愛すべき対象だと思う。男と女が愛し合うとは限らない。男同士もあるし、女同士もある。中には木を愛するものもいるのだ。モーリーのように。


 ルミエの肉体的成長のために、一緒に昼食と夕食をとることにしている。昼はモーリーが作ってくれる。周りの木の枝を集めて、小さなストーブで鴨を煮てくれた。このストーブは木の煙まで燃やしてくれるストーブだ。モーリーの自作。鴨と野菜が薄い塩味であっさり煮込まれて美味しかった。


 昼からもまた木を伐る。単調でいて豊かな時間だ。離れたところでお互いに沈黙しているのに、斧の音で語り合っている。遠くでリリエスが木を伐る音も聞こえて、ほのぼのする。この森はルミエに心地よかった。


 ルミエはあらためてユグドラシルを思う。世界樹と名乗り、ルミエを偉大な人種の子と呼んだユグドラシル。やっぱりユグドラシルは違う。間違っている。モーリーは人間ですらなくて、カマキリ型モンスターだ。そして偉大な男だ。ルミエはそう感じていた。


 それはこのチームみんなだ。ケリーは奴隷だし、エルザは猫獣人の娼婦の子。リリエスは5千人切りのみんなの娼婦だった。社会からは、つまはじきにされる人ばかりだ。でもみんなすごい。エルフだけが美しいんじゃなくて、みんな美しい。


 イエローハウスで狐獣人のハーフ、ジュリアスと3人で夕食。モーリーとジュリアスもあんまり接点がなかったので、一緒に居られるのがうれしい。人間が一緒にいられるのは、ほんの短い間だけだとルミエは予感していた。またバラバラに分かれていく。


 モーリーとルミエは、ドライアドのダンジョン転移を使った。モーリーは初めて転移するらしい。モーリーが知っているのはピュリス近郊の森だけだ。砂漠のダンジョンを訪れて、朝までモンスターを狩る。どちらも前衛も後衛もできるので、交替しながら戦う。


 モーリーは後ろから岩石バレットを飛ばす。モーリーには、それしか前衛を支援する手段がない。それがもどかしいモーリー。ルミエは範囲攻撃の手段がなく、モーリーの岩石バレットに助けられてばかりだと思う。そしてお互い相手の物理攻撃である、死神の鎌と、聖女のメイスに恐怖と畏敬を感じていた。この二人はよく似ているのだ。


 


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