第86話 サイスの育成

 義勇軍に加盟したサイス。義勇軍はいきなり索敵隊になってしまった。それでもサイスの義勇軍加盟の意思は変わらなかった。むしろその方がいい。軍人になる気はなかった。多分才能がない。授かったギフトが読書という、普通なら役に立たないスキルだ。でも、もしかしたら斥候としてなら、自分でも役に立つかもしれないとサイスは思った。


 エルザによる能力の補正は既に終わっている。その時、エルザからチーム加入を打診された。即決した。うすうすそういうチームがあると感づいていたし、ルミエがチームに守られているのも知っていた。ルミエと仲間になるのはうれしい。チームの目的がケリーの復讐であることは知らなかった。


 サイスは人を殺したことがある。6歳の時、年上の子に2回パンを奪われた。それ以上奪われると死ぬので、寝ている時にひもで首を絞めて、その子を殺した。弱肉強食でもない。サイスの方が弱かった。人間に強いものなどいない。みんなサイスが殺したことを知っていたが、何も言わなかった。ただ淡々と死体を片付けた。


 それに比べれば、ケリーの復讐は夢のようなことだった。尊厳を守るために、みんなで協力して5年もかけて復讐をするのか。それはサイスには違和感があった。ケリーの経験は悲惨だと思うが、そこまでしてもらうのは贅沢すぎる。だから復讐には参加しないという条件を受け入れた。


 ジュリアスと同じ説明を受け、同じものををもらった。チーム加入でもらったものは、ダンジョン転移も含めて、とてつもないものだった。サイスにはおぼろげながらその価値が分かる。マジックバッグだけでも、人生が変わると言われている。成長促進の指輪も多分同じくらい貴重なものだ。


 サイスがやろうとしているのは、社会の中で成り上がることだ。少し変わっているのは、字が読めるようになることで、成り上がろうとしていることだ。もっと変わっているのは、自分だけでなく、周りも巻き込んでいることだ。善意というより、サイスの癖のようなものか。世の中にはいろいろな人がいるのだ。


 義勇軍もチームも、加盟することには一つのデメリットもない。ともかく何でもいいから自分を育てなくてはならない。直観はサイスにそう教えていた。何もしなければサイスは死ぬ。一冬に何人も飢え死にする世界では命の価値は軽い。


 ダンジョンのトレーニングルームで、最初の乗馬訓練をしたのはサイスになった。他の訓練を交え2日間で馬に乗れるようになった。もちろん乗馬スキルを与えられたからである。


 馬に乗って、3泊4日で王都アリアスへ行く。途中3つ村があるので、最初のテルマ村まではエルザがついてきてくれた。あと2泊。サイスは何とか一人で旅をして、アリアスに着いた。


 冒険者ギルドにクルトを訪ねる。もう夕方だったので、ギルマスのクルトは仕事を切り上げて、公衆浴場に連れて行ってくれた。ピュリスでも源泉かけ流しの温泉ができるそうだが、サイスは行ったことがない。


 この世界ではクリーンという魔法があるので、わざわざお湯に入ってきれいにする意味がない。サイスは一生お風呂なんかに、入らないと思っていた。


 でもクルトに連れていかれたのではしょうがない。大きな浴槽に入る前に、クリーンするのがマナーらしい。確かにリラックスはできるかなとサイスは思う。でも孤児院出身のサイスには無駄にしか思えない。


 湯に並んでつかりながら、クルトは、訓練の中身を話す。


「カナス・リングル・ハルミナに行ってもらう。5つの町を比べる。それが訓練だ」


「カナスは辺境伯の町ですね。リングルは西の港町。ハルミナはピュリスの南にある内陸の町。3つの都市しか聞こえなかったんですが」


「王都アリアスとピュリス。それで5つ」


「何を調べてくればいいんですか」


「10歳か。サイスは何を知っている。どういうところで育ってきた」


「孤児院で大きくなって、市場を5年手伝って、今は図書館の司書です」


「それじゃ、孤児院を見てこい。市場で塩を買う。それと図書館か本屋に行く。あとは好きなことをして、買い物でもして来ればいい」


「初めての町で、どうやったらそこにたどり着けるんでしょう」


「ダンジョン転移でその町に着いたら、宿を探す。決まったら俺が教える闇の情報屋に行って、地図を買って場所を教えてもらう。2泊3日。帰ってきて4日目にレポートを書く」


「索敵隊は斥候ですよね」


「戦いは情報戦さ。斥候は情報を集めてくるが、情報の分析をする人間が必要なんだ。敵を見つけても、その敵がどこからやってきて、何のために攻めてきたのかが分からないと意味がないからな」


「レポートは、絵本でいいですか。図書館に置きたいので」


「秘密を書かなければ、かまわない。これからアリアスで一人で宿を探せ。明日の朝出発。見送りはない」


 真偽判定のスキルを貸してくれた。サイスは孤児だから、一人で行動することに慣れている。夜、町でうずくまってでも生き延びられる。そういう場所が直感でわかる。ましてお金があれば、生き延びるのは、そう難しいことじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る