第85話 森の銀狐
テッドが知りたいのは、森林の状況だとジュリアスは思っていた。海水から塩を作るには燃料の薪が必要で、いかに安く薪をとるかが商売を左右する。セバートン王国では岩塩がとれるから、それより安く塩を作るのは難しいことだった。
森を伐採してそこを畑にする。塩だけでなく開墾と両立させれば、採算は取れるかもしれなかった。そのために土が農業に適しているかどうか。それを調べているのだと、ジュリアスは思っていた。あるいは運が良ければ岩塩の鉱脈を発見できるかもしれないとか。それはないか。岩塩の鉱脈はセバートン王国内では、カナス辺境伯領という遠い場所にしかないのだ。
テッドの顔は少し赤くなった。決して大騒ぎしているわけではない。珍しく冷静なテッドが興奮していた。
「ジュリアス。土を取った場所、地図で見るとサエカの東方2キロ地点だね」
「はい、馬だと3分くらい、歩いても10分くらいのごく近くです」
「状況は森林?」
「暗い森林で、小さな川がありました」
「何か他に気がついたことはあるかい?」
「川のほとりでに火が燃えていて、危ないなと思って消しました。焚火の跡はなかったんですが」
「間違いない。泥炭だ」
泥炭は燃える土だそうだ。落ち葉が腐りきらず、長期間溜まっているとできる。もっと硬くなると褐炭で、さらに硬くなると石炭といわれるらしい。
サエカの町の近くで見つかったのは、テッドにとって相当に幸運だった。ジュリアスは幸運の天使だ。海から塩を作るにはどうしても燃料が必要で、薪よりも安い泥炭があれば、今より安く塩を作れる。
ジュリアスは次の日、その場所にテッドと3人の男の人を案内した。明日から6日間は、好きなことをしていいと言われた。残りの給料も全部もらえるということになった。テッドは確実に泥炭が取れるなら、もっとご褒美をあげるつもりだった。アンジェラに教えたら、すぐ戦争の準備を始めるだろう。いやこれがなくてもアンジェラは、もう始めているのだった。
6日間は自分の訓練に当てたかったが、ジュリアスにはそうもいかない事情があった。母と妹が、住むところが無くなりそうだった。テッドが領主の長男のダレンから、スラムをなくすように命じられていた。テッドだから力づくで追い出すようなことはしない。
100万チコリのお金をくれて、今月中に移転先を探すようにといわれていた。家を借りることはできるのだが、母はもう30歳になる。娼婦をやめたいと考えていた。ジュリアスも賛成だ。娼婦を卑しい仕事とは思わないが、いつまでもできる仕事ではない。
料理が好きなので食堂か居酒屋をやりたいという。ジュリアスにもアンジェラからもらった100万チコリがあった。義勇軍全員がもらったお金だ。母と妹もイエローハウスに住まわせてもらうことも考えたが、チームに依存しすぎるのは良くないと思う。チームとはいずれ別れる時が来るはずだから。
思い切ってテッドに相談に行った。そしたらテッドの方から先に話があった。ジュリアスは300万チコリをもらった。泥炭発見のご褒美だという。10歳の子供の手にしていいお金ではないが、今はうれしい。
テッドはゾルビデム商会が持っている路地裏の廃屋を、格安で売ってくれた。30万チコリ。住宅街に隣接する商店街のはずれ、イエローハウスからも近い。即決した。お母さんが気に入った。大繁盛はしないが、潰れることのない立地だった。
ジュリアスは、はリリエスに頼んで廃屋をリペアしてもらう。新築したばかりの2階建ての家になった。それを大工さんに頼んで1階を食堂兼居酒屋、2階を住宅に改装してもらった。30万チコリ。モーリーが土の家にしてくれた。ガラクタ5個でやってくれる。調理器具や食器はテッドの店から安く買う。20万チコリ。テーブルや椅子など、その他で20万チコリ。すべてで100万チコリで食堂ができた。
テッドはお祝いだと言って、お母さんに料理スキルをプレゼントしてくれた。テッドに感謝すると、ジュリアスにはその何万倍も儲けさせてもらうからと笑ってくれた。少なすぎるくらいだって。
ジュリアスが見つけた泥炭は、セバートン王国をすっかり変えてしまう。それほどの大事なのだという。それは話を盛りすぎだと思う。だけどちょっと誇らしいジュリアスだった。みんなが幸せになってほしい。
食堂の食材は、ジュリアスが新しいダンジョンに潜って獲ってくる。角兔やコカトリスの肉。コカトリスの肉はニワトリの肉と似た味がする。コカトリスの卵も、ニワトリの卵より大きくて、味が濃い。お母さん、愛想がいいし、料理も上手だから、人気が出るはず。そう願うジュリアスだった。
テッドが、森の銀狐と店の名前を付けてくれた。ジュリアスにとって、テッドはお父さん的存在だ。そしてこの日、ジュリアスの中で、さらに輝きを増すテッドだった。
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