第80話 特別な1か月の始まり

 冒険者ギルドの建て替え、劇場と公衆浴場の併設の工事が始まった。サイスは冒険者ギルドの無料宿泊所に寝泊まりしていたので、住むところが無くなった。エルザがサイスをイエローハウスに誘った。ルミエを好きなサイスは大喜びだ。


 エルザも一応は考えた。10歳とは言え、サイスも男の子だ。ルミエは彫像だし、変なことは何もできない。それでもじっと見るくらいはするだろう。ルミエに聞いたら、見られるくらいは、いくら見られても気にしない、そう言ってくれた。ルミエはサイスを男の子とは認識していない様子だった。サイスの初恋は実ることがなさそうだ。


 工期は1か月。異常に速い。全体がダンジョンの一部として、魔法的に形成されるからだ。お金をDPに変えれば、それが可能になる。本当はもっと早くできる。ここがダンジョンの一部になることは、秘密なのだ。それでわざと長くしている。実際は1日でできて、関係者は内緒で使用できる。


 ジェビック商会のアンジェラが、金に糸目はつけないという。ダンジョンの制作を任されたエルザは、考えられる限り豪華にした。エルザの管理するダンジョンには2種類ある。1つは従来の冒険者ダンジョンを改装したもの。一般向けだ。1層目にはトレーニングルームを作った。図書館でやっていた双六や神経衰弱のゲームを移した。縄跳びも。


 それだけではしょぼい。いくら広くしてもいいのだ。ダンジョンコアのメニューから、ダーツやボルダリング、サンドバッグ、木登り、迷路を選んだ。エルザはダーツのコーナーで密かに手裏剣のトレーニングをしている。


 ダンジョンコアのメニューからDPでいろんなものを買うことができる。エルザはダンジョンコアをセバスと命名した。今までこれができなかったのは、冒険者ダンジョンのコアが、仮死状態だったからだとセバスは言う。メニューは見る人によって品物が変わる。転生者の一真が見ると、見たことのないものがたくさん出てくる。


 注文者のイメージがはっきりしていれば、この世界で再現可能なものは再現してくれるらしい。ダンジョンの制作は一真に手伝ってもらうことにした。一真も面白いので乗り気だ。ただミサイルとか、パソコンと言ってセバスを困らせているが。


 迷路は毎日パターンが変わるので飽きないと思う。時々クイズコーナーがあって、クイズに正解すると宝箱がもらえる。賞品はギルドで換金できる。10チコリから300チコリ。


 文字が読めてある程度の知識がないとクイズに答えられない。まさに知識は金になる。クイズに答えなくても出口には行けるようにはしている。だが字の読める子が一人でも増えてほしいエルザである。


 一真の提案でトランポリンとアスレチックコースも作った。トランポリンは訓練というより、純粋に楽しくて、18歳のエルザも夢中になった。猫獣人のハーフなので、回転も自由自在。アスレチックも毎日内容が変わって面白い。


 2層は薬草園。3種類の薬草が草原の中に生えている。モンスターは出てこない。一人一日10本採取できる。全部同じ薬草だったら、ギルドで100チコリもらえる。1層と2層は誰でも入れる。エルザが想定しているのは孤児院の小さい子供たちだ。読み書きを覚えてほしいし、薬草も取れるようになってほしい。


 以下は普通のモンスターの出現するダンジョン。スライム・角兔・ゴブリン・コボルト。スケルトン。ここは冒険者登録をしてある人限定。今までの冒険者ダンジョンとほぼ同じ。武器や防具の無料レンタルもある。


 入口はもう一つ。イエローハウスの庭にある。これが新設されたダンジョンで、仮想的に冒険者ダンジョンと統合されている。どちらのダンジョンでも転移陣は各階層にあって、ダンジョンコアのセバスが許可すれば、どこからでも直接好きな階層に行ける。ただしダンジョンコアへは事前に登録が必要というシステムだ。小さい子はダンジョンコアが転移を制限するから安心だ。


 イエローハウスのダンジョンは、限定ダンジョンだ。マンドラゴラの生える第2薬草園はワイズと一真の二人限定にしてある。マンドラゴラは有用でDPも高価だ。毒薬系ポーションができるらしい。あと媚薬とかも。これは引き抜く時の声を聞くと、気が狂う危険な植物だ。それで二人限定に。


 義勇軍用の模擬戦場、相手はコボルト軍団。義勇軍とチームメンバーが使える。スタンピードの時の籠城戦をイメージしている。難易度を変えて2層にした。敵のコボルトには指揮を持つ上位種がいて、けっこう手ごわい。


 特別なトレーニングルームも作った。チームとサイス、ジュリアス専用だ。1つは乗馬ができる。馬は良くできたゴーレム馬だ。もう一つは温水プール。乗馬はできないと、地上での戦争の時に困る。プールは源泉かけ流しのお湯が勿体なくて作ってみた。クリーンしてあるから水はきれいだ。一真の希望もあったし。


 それ以外はモンスターが出る普通のダンジョンだ。角兔、コカトリス、オークの3層。実は3種とも肉が美味しい。コカトリスは卵が取れる。鶏卵より大きくて、味が濃い。訓練と食糧調達を兼ねている。ただ石化させられるので、全員石化耐性をつけた。


 コアルームはふかふかのソファーがあり、分厚いカーペットがある。ここでダンジョン全体を魔法的モニターで監視できる。イエローハウスの老人に異常があればエルザに報せが行くようになっている。ソファーとカーペットは一真の希望だ。


 一真はコアルームを気に入って、近くに研究室が欲しいという。エルザはお金を気にしなくていいのだからと、要望を受け入れる。1層はポーション類製造。もう一層は一真の生活用の部屋と、ポーション以外の製造部屋だという。ポーション製造は必要なことなので、言われた通り作ることにした。


「セバス、ワイズの仕事で替わってやれることない?」


「スクロールや財産の在庫管理、銀行口座管理、スケジュールの管理と調整、体調管理くらいしか思い当たりません」


「早く言ってよ。それ全部セバスに頼むわ。それとリリエスやモーリーがいる一帯をダンジョンの一部にして、転移することはできないかな」


「冒険者ダンジョンのコアをポータブルコアにして、現地に行かせれば可能です。誰かが持っていくだけでいいのですが。私はダンジョンを出られないので」

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