第78話 友達から

「これで一番うまいもの食わしてくれ。今日は貸し切り」


 500万チコリ出す。スラム街とは思えないしゃれた内装の店だ。きらびやかに飾り立てた娼館が立ち並んでいる。この一角だけが、死んだような周りの貧しさと異質だ。出てくるわ出てくるわ。なかなかのごちそうだ。


 男はまだ20歳前の少年。執事と大きな犬を連れている。健康な食欲を示して、次々に平らげる少年。執事は食べないが、犬はごちそうを食べている。若くて美しい女主人が出てきて挨拶する。


「初めてのお客さんだと思いますが。今日は来てくれて嬉しいですわ」


「マダム。1千万チコリあるんだが、うちの犬の相手してくれないか」


「おや凛々しいわんちゃんですこと。私に散歩でもさせようっていうんですか。下男がやってくれますが」


「いやマダムじゃなきゃダメなんだ」


 少年は女の首に粘糸を巻き付けて転ばせる。執事に命じて下半身の衣服を剥ぐ。むき出しになった尻は白桃のようできれいだ。筋書きはパクリだ。この女の父親が、自分の親分から、闇の権力を奪い取った時のままを再現する。


「何するの助けて。誰かお父さんを呼んできて。お父さんさんはあんたを殺すわよ」


 レストランから数人が走り出て、バジェット組に報せに行く。執事が短剣を出し、女の首筋に当てて、手下が近寄れないようにした。犬は女を犯すように調教されている。この犬は獣姦ショウをやっている極道から借りてきた。ちなみにバジェットも同じ男から犬を借りた。20年前だから、犬はその時の犬ではないが。


「資金回収しろ。それから金目の物をマジックバッグに収納だ」


 執事はカシム組の幹部だ。リハーサルは済んでいるから、すべて順調。バジェットがやってきて、自分の娘の無惨な様子に怒りを含んで問いただす。犬はもう興奮して、局部を勃起させて、女の尻を舐めている。バジェットは恩人のはずの親分の娘を、父親の見ている前で犯させたのだ。それで権力を手に入れた。


「お客さんあんた何者だ。すぐ娘を解放しろ。そうすれば楽に殺してやる」


 どっちにしろ殺されるわけだ。


「カシム組の小次郎というケチな野郎で」


 一真はやくざ映画を見た記憶を思い返し、キメ台詞を言ってみる。外見はアリ型モンスターの人化で、自由に変えられる。外見コンプレックスをこじらせている一真は、晴れ舞台の自分を無駄にイケメンにしていた。


「カシムの鉄砲玉か。俺も戦争を始める気でいたんだよ。ちょうどいい」


「お父さんこいつ殺して」


 まだ挿入はされていない。ショウではすぐに挿入しないで嗅ぎまわったり、舐めたりするように調教されている。


「うちの犬が、この女の人とやりたいって言ってる。少し観賞しないか。それに俺はトイレ行きたくなった。場所分からないんで、ここでいいか」

 

 少年はレストランの高そうなソファに、悠々と小便をかけた。実に気持ちがよさそうだ。一真はこれをするために、トイレに行くのを我慢していた。


 一真の脳内で、ワイズが「下品すぎ」とささやいている。今日はいつもは憑依している一真が表に出ている。クルトに頼まれた時、一真はワイズには殺される役はさせられないと自分で希望した。ワイズは隠れているが気楽だ。アリ型モンスターはネストというスキルで、15分後復活する。


「ふざけやがって。やっちまえ」


 バジェットの声が響くと手下たちが武器を手に一斉に動く。殺意が高まる。犬は我関せずと自分の仕事に熱中している。執事役の男はどこかに行ってもういない。一真は振り向きざま、手下の右手に鋼糸を巻き付けて、スパッと切り落とす。きれいな断面から血が噴き出し、男の悲鳴がうるさい。鋼糸は血を滴らせながら、バジェットの首に巻き付いた。


「いうこと聞かないと首が無くなるよ」


「やめて、やめてくれ」


 その言葉が一真のどこかを刺激した。


「やめてって言われて、あんたやめたことあるのか。糞野郎」


「ともかく冷静になれ。何が欲しい」


「先代の娘さん。犬に犯させたんだってな。その時娘さんやめてって言わなかったのか。おんなじことしてやるよ。お前の娘に」


「俺も悪かったと反省はしている」


 少年はバジェットを連れて、ドアを開け、広い通りに出る。バジェット組の組員とやじ馬で一杯だ。


「カシム組の小次郎だ。悪魔のバジェットを成敗する」


 そう言って、バジェットの首を鋼糸ではねる。あとはバジェットの子分たちが武器を持って襲い掛かり、小次郎(一真)と乱闘になる。小次郎は今度は剣で戦う。しかし剣技のスキルもまだないし、多勢に無勢で殺されてしまう。殺されつ姿をカッコよくできないか、練習を重ねた一真であった。


 それを見届けた執事の男が大声で合図をすると、今度は待ち構えていたカシム組が襲い掛かって、乱闘になった。小次郎、実は一真、本体はアリ型モンスターワイズ、の死体はどこへともなく消えたが、それに気がつく人はいなかった。


 乱闘は15分。15分後、笛が吹かれるとしばらくして、ヴェイユ家の治安部隊が突入して来た。ここに3分の間を置くのことが約束だ。カシム組は笛の合図で、全員逃げていて、捕まったのはバジェット組だけ。死体もバジェット組のものしかなかった。


 後日。この時捕まらなかったバジェット組の残党が、親分を殺された恨みを晴らしに、カシム組を襲おうとした。途中で待ち伏せしていた治安部隊に根こそぎ捕まった。もちろんカシム組とヴェイユ家の治安部隊は癒着している。


 冒険者ギルドのギルマスのクルトは、バジェット組に対して、職員と共謀してギルドに損害を与えたと訴えた。それは証拠もある事実だった。ギルド職員は奴隷落ち、バジェット組の家族は債務を負い、持っていた財産は冒険者ギルドのものになった。そして筋書き通り、クルトは娼館やレストランをカシム組に払い下げた。


 バジェット組は壊滅し、ほとんどはカシム組に受け継がれた。娼館の娼婦や従業員、レストランのコックなどは、そのままカシム組に吸収された。カシム組は150人にまで増えた。スラム最大勢力で、ヴェイユ家と癒着していることも知れ渡った。


 カシムは新たに仲間になった者には、二日間の育成を義務付けた。リテラシのないものは50万チコリ、読み書きできる者は10万チコリの借金をさせられる。さらに全員1年間、物語提出という責め苦を追うことになる。


 ワイズはピュリスに帰る前にカシムの図書館に寄った。憑依している一真の希望だ。数百冊ある本を、さっと目に焼き付ける。数時間かかってすべて映像として記憶して、ピュリスに帰る。思いのほかに面白かった。迫力とにじみ出るユーモアがある。哀愁や悲しみも感じた。意図しないで、ただ書きなぐっただけなのに、だからこそ表現できるものがあるのだ。


 ワイズはうれしかった。鉄砲玉の小次郎の役をやって、一真は自信がついたようだったから。やっと独立して自分の身体を持つ決心がついたようだ。ワイズは一真を好きだし、新しい関係が始まると思うとわくわくした。


 一真は自分自身をどう設定するだろうか。一真は新しいアリ型モンスターに憑依することになる。そのアリ型モンスターは、ワイズが進化の実を食べて生み出したものだ。どんな設定も自由。絶世の美女にも、赤ちゃんにもなれる。


 ワイズ自身もケリーの従魔から、一真の従魔に立場が変わる。その場合、人化の設定を一真好みにやり直すことになる。夫婦になったらどうしようと思うワイズだった。やっぱり友達から始めてみたい。



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