第77話 粛清
クルトは王都アリアスに、ダンジョン転移を利用してやってきていた。ギルドには出勤していない。来たことも知らせていない。王都アリアスの東地区はセバートン王国の悪の吹き溜まりだった。
ここの冒険者ギルドのギルマスは、悪の頂点のひとつだ。3代続けてギルマスが変死していた。悪に染まらなければ命がない。しかし悪に染まり切っても命はないのだ。
まず冒険者ギルド。不正が横行しているはずだ。不正を許せばクルトの権威は無視され、無力と見なされれば、いつか殺される。だが、不正した職員を全員殺すなら、職員は一人もいなくなるだろう。
暴力は権力を生む。そして権力は必ず腐敗する。闇の情報屋から、確実な情報をいろいろ買っている。不正の証拠を集める時間は半年もあったのだ。
冒険者たちも、セバートン王国選りすぐりの、凶悪な冒険者たちだ。各地で悪事を働いて、その地にいられなくなった者たちだ。弱肉強食。それが信条だ。強くしぶとい。ここには新米冒険者はいない。もしいたとしたら、すぐ古参達の餌になってしまう。
彼等の罪を暴き始めたら、一斉に牙をむき、クルトは殺される。彼等が手を組めば、それだけの実力を持っている。だが自分が一番強いと信じているもの同士は、手を組むことができない。そこが弱点だ。
罪のあるものを全部排除したら、冒険者は一人もいなくなる。それはギルド職員も同じだ。クルトはギルドと冒険者については、最も悪質なものを、見せしめにして、屈服させるつもりだ。
次にヴェイユ家の治安部隊。悪の中の暴力ということでは、冒険者ギルドと同じ。悪に染まらなければ、ここで治安を維持することはできない。治安部隊は住民の生活を守るためにいるわけではない。住民は税を払うという意味で私有財産であり、税を払わない貧民の生活を守る意味はなかった。
王都では住民はセバートン王家のものである。ヴェイユ家は国王の私有財産である、税を払う住民、それだけを守るために奉仕させられている。
不正は問題ではない。王家や貴族にとって、無害なら見過ごされる。そもそも住民から見れば、王や領主自体が、理由なく住民から税を奪う不正の本体なのだ。
ヴェイユ家の治安部隊と、スラムの闇組織は癒着するのは自然だった。クルトはそこに正義を持ち込むつもりはなかった。クルトは闇組織を現在のバジェット組から、カシム組に交替させるつもりで準備してきた。治安部隊に3人のカシム組を潜入させたのもこのためだ。
治安部隊だけでなく、ギルドにも、冒険者にもクルトの手のものは既に潜入している。戦いはみな情報戦なのだ。準備は整った。ギルド、冒険者、治安部隊、粛清の証拠は十分そろった。
粛清といってもできるだけ殺さない。許すわけではない。死なせて楽にはしてやらない。真実を告白して罪を悔いても許さない。生きて見せしめにし続ける。スキル強奪で有用なスキルを奪い。損害を与えたとして莫大な債務を負わせ、カシムの奴隷商に売る。死ぬまで働いても債務が返しきれない。家族もだ。
10日後に出勤した時、ユーモアたっぷりの着任のあいさつの後、すぐ粛正に入った。帳簿を7年分調べた。最初から目星はついている。カード型記憶で帳簿を記憶し、表計算を組み合わせると、集計の間違いなどは一瞬でわかる。
検索すると、購入物品が不自然な値動きをしている場合がいくつかある。その会計担当は30年同じ仕事をしていた。彼女を呼び出して、真偽判定を使って問いただす。すぐ落ちた。損害の算定は別の者に任す。その10倍を彼女の債務とする予定だ。
冒険者の中に、この5年で、二人も仲間が死んだパーティーがいる。Bランクの東地区ではトップグループのパティーだ。熊獣人の斧使いがリーダーだった。
事故を装って殺人を請け負っているという噂があった。トレインを良くやるという噂もある。証拠も固まっていた。噂は真実であり、この程度のことは、どのパーティーも脛に傷がある。
クルトが真偽判定のスキルを持っているという噂がギルド職員から、もう広まっていた。神のような頭の良さ、クルトの能力が、誇張して伝わっていた。黒騎士クルトは神か悪魔、どちらかに愛されているに違いないと。
熊獣人は簡単に落ちて、23年間の悪事を自白した。5人全員、債務奴隷に落ちた。スキル強奪も、もちろんしている。見せしめとしては、十分だった。誰にも家族はいなかったのが、彼等には幸運だった。
ヤクザのバジェット組とつるんで不正していた奴が4人。治安部隊に潜入させていた3人からの情報だ。証拠も固めてある。これはクルトから、ヴェイユ家の執事に教える。
ヴェイユ家はクルトがこの地区のボスになるのを歓迎している。闇組織がどこになろうと関心はない。いやむしろピュリス出身ののカシム組が、スラムを牛耳ってくれることは有難いことだった。4人も債務奴隷に落ちた。
アリアスのスラムに根を張るヤクザ組織はバジェット組だ。そこと潰すとクルトは決めていた。カシムを先行させ、手は打ってある。粛清で冒険者ギルドや治安部隊との腐れ縁は断ち切った。あとはカシムの出番だ。
バジェット組をどうやってつぶすか。クルトが手を汚すわけがない。部下を殺されたカシムの復讐という形を取りたい。子分が殺されたら、復讐をしなくてはヤクザは立ちいかない。
子分の復讐のためにカシムが立ち上がり、バジェット組の親分を殺す。親分を殺されたバジェット組と、カシム組は全面抗争になる。そこを治安部隊が、バジェット組だけを一網打尽に捕まえるという筋書きを立てた。
カシムは鉄砲玉になって、死んでくれる子分を探し始めた。志願者はけっこういたらしい。だがクルトにはちょうどいい人材に、心当たりがあった。
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