第76話 カシム文書(もんじょ)

 カシムの王都アリアス進出は順調だった。まず治安部隊に3人もぐりこんだ。アリアスの東地区はスラムを主体とする貧困地区だ。人口は2万人を越えるが、正確には分からない。ここの治安部隊を任されているのが、ヴェイユ家だ。貧乏くじである。費用が掛かるが見返りはほとんどない。


 ちなみに権力者の住む北地区と、商業の盛んな西地区の治安部隊はカナス辺境伯が担当している。ここは見返りが大きい。莫大な賄賂が手に入る。さらに首都中枢の軍事力として、カナス辺境伯の権力の基盤となっている。南地区は中産階級の住宅街で、担当はリングル子爵である。


 クルトと親密な関係のヴェイユ伯爵家の治安部隊だから、金を使ってコネで入れた。育成費用と賄賂代で彼等3人は100万チコリの借金をカシムに負った。カシムが中抜きしているのは言うまでもない。毎月15万チコリの返済を義務付けられた。利息も付くので10カ月返済が続く。極道が正業に就くのだから、この程度で済めば良心的だ。


 彼らの給料は月15万チコリだったので、給料全部がカシムへの返済で消える。しかたなく夜や非番の日は、ダンジョンに潜ってがむしゃらにモンスターを狩る暮らしになる。おかげで彼ら3人はカシム組の中では最初に冒険者ランクがEに上がった。


 読み書きできるようになった部下に、カシムが下した過酷な命令がある。1か月に千字以上のお話を、薄い木の板に書いて納めることである。提出したものは5000チコリの褒美をもらえるが、出さないと1万チコリの罰金が付く。この義務は1年間。


 自分の身の上話。子供の時に聞いた民話。家族の話。なぜ極道になったか。育成してくれたエルザ姉御の活躍。禁断のエロい体験。カシム親分の活躍。旅の思い出。料理レシピや釣り指南などの実用書。この辺でネタ切れになり、あとは苦し紛れのヨタ話になる。この苦しみを最初に味わったのも治安部隊へもぐりこんだ3人だった。


 第2陣は土の家を作る部隊。彼等は賄賂代がないので借金は50万チコリ。しかし給料も5万チコリなので生活は苦しい。そこで治安部隊に入った3人にならって、冒険者資格を生かして、ダンジョンに潜る。あとはひたすら本を書く。


 居酒屋部隊、娼館部隊も同じく借金と本を書くことに苦しみながら、何とか生きていくカシム隊だった。幸いエルザがきちんと育成したので、全員問題なく業務をこなし、王都アリアスの貧困地区には、好意的に迎えられている。既存のヤクザが目の敵にしたのは想定内だ。特に土の家はスラムでもリフォームできる安さで、大いに感謝されている。


 老齢娼婦を保母にし、ヴェイユ家の援助を受けて孤児院を始めたが、これも好意的に受け止められている。特にアズル教の教会の孤児院は、5歳で育児を放棄するのに、カシムの孤児院は10歳まで育てるのだ。ただしカシムは育ててから売る方が、儲かることに目覚めていた。


 子供に無理やり字を覚えさせ、字を覚えた子を、ピュリスに送り、エルザに育成してもらう。そうすると10万チコリで済む。リテラシのスクロールがいらなければ安い。それでGランク(仮登録)の冒険者資格を持って帰って来る。能力値も上がり、武器も持ってくるし、剣技とか火魔法のスキルも付いている。


 大人の冒険者に付けて1年もすればFランク(見習い)に昇格して、一人で稼ぐようになる。カシムの計画では10歳になったら、債務奴隷として売るつもりだ。もちろん自分の奴隷商にだ。読み書きができて、冒険者として稼げる10歳の健康な奴隷は、けっこう高く売れるはずだ。債務奴隷なら成人する頃には自分を買い戻すこともできる。


 女の子も字を覚えさせ、エルザに育成させて10歳になったら器量のいい子は娼館で使えばいい。無理やりは良くないので、希望しない子は奴隷商で引き取る。


 読み書きできる孤児院の子にも、お話提供は義務付けられている。カシム組に集まる本は薄くて粗末だ、内容も適当だが数が多い。300冊の本が集まると、カシムは有料の図書館を開いた。入場料300チコリで本は読み放題。1日100人以上お客が来る。売上は月100万チコリ弱。カシムぼろ儲けである。


 こんな時にピュリスでスタンピードが起き、50人以上のカシムの配下が参加した。カシムのもとに、スタンピードをテーマとした本があふれたのは言うまでもない。


 黒騎士クルト、ヴェイユ家の兄弟、アーサーとカシム、いろんな戦場のいろんな冒険者たち。彼等は一躍王都アリアスでも有名人になった。中でもヴェイユ家の長男と次男どちらが偉いかは、酒場でも学校でも大いに話題になった。カシムも少し有名になった。


 数百年後、カシム図書館のクズ本は、中世の民衆の生活や食事を知る貴重な資料として、カシム文書と呼ばれるようになる。そのことはだれも予想もしていなかった。

 

 


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