第75話 新しい本
サイスは図書館に勤務することで、領主のヴェイユ伯爵から月5万チコリの給料をもらっている。伯爵の執事は放任してくれている。10歳の子供にできることはないと思っているのだろう。これはサエカ建設で貢献したクルトへの見返りで、成果は何も期待していないようだった。
自由にできるのはサイスには有難かった。だから朝と夜に1時間ずつ、冒険者ギルドのダンジョンに潜って稼いでいる。そちらの収入も図書館と同じくらいの5万チコリほどになるから、やめるわけにはいかない。寝泊りは冒険者ギルドの宿泊所で無料だが、生活費はある程度かかるし、将来はなにか事業をしてみたかった。
朝の訓練の時、エルザと一緒になる。エルザがいろいろ教えてくれる。罠の発見の仕方や、気配の断ち方など、得意の斥候系の技術が多い。教えてもらえるのがありがたい。エルザは18歳のギルドの受付。孤児院の先輩で、猫獣人のハーフだ。そして自分たちを助けてくれる恩人だ。
夜は毎日1時間、義勇軍の訓練に参加している。ここでは狐獣人のジュリアスが隊長として指導者だ。ジュリアスはスラム出身で、孤児院の子たちがダンジョン訓練と、読み書き計算を教えてもらう場所に参加するようになった子だ。教えるのはエルザ。サイスもそこで読み書き計算を覚えた。ジュリアスは縄跳び大会で優勝して運が開けた。テッドという商人に可愛がられて、今は義勇軍の隊長になっている。
サイスは大半の時間を図書館の仕事に使っている。サイスが10歳の時授かったのは読書というスキルだった。図書館司書は適職だった。ただ図書館に来る子供の数が少なく、暇なときは双六の新版や、カルタなどのゲームを作っている。
この頃ピュリスの王立第5学校に通っている学生たちが来てくれるようになった。子供用の本が珍しいのだ。それに珍しいゲームがある。学校に通えるのは上層の1割ほどの住民。ただ領主など上層貴族の子は王都アリアスの学校に通う。5番目の都市のピュリス。そこにある第5学校に通うのは下層貴族と、ピュリス近郊の裕福な商人や農民の子だった。
学生たちがいる時に、ケリーが立ち寄ったことがあった。サイスは親しくなった女子学生に、ケリーに教科書というものを一冊見せてやってとたんのだ。ケリーは歴史の教科書をさっと見ただけで女の子に返した。女の子は、どうせわかるわけがないと思ったから、5歳の子ににっこりとほほ笑んだ。
サイスはケリー(一真)に頼んだ。教科書を材料にして、絵の入ったわかりやすい本を作ってほしいと。ケリー(一真)が作ってくれたのは、絵入りの歴史の本(むしろ絵の方が多い)。この本は、学生たちに人気になった。サイスもケリーの絵本をもとに双六を作った。こちらも人気だ。第5学校の歴史の試験の成績は例年になく良かったらしい。
ケリーはテッドのところで毎日行商をしている。テッドは行商の途中にケリーにいろいろ教えてくれる。というより、考えさせ、実行させて育成している。ケリーもテッドのお気に入りだ。最近はモンスターについていろいろ勉強している。スタンピードに出てきたモンスターをゴブリンから順番に丁寧に絵をかいて絵本を作っていた。
背の高さや特徴、弱点などなかなか見ごたえのある絵本だ。時々ゴブリンを倒すジンメルとか、オークと一人で戦うワイズの絵が入る。最後はミノタウロスを倒すケリーと新兵たち。この本も人気だった。題名は『スタンピードのモンスター』
サイスも負けてはいられない。『花のイエローハウス』と言う本を書いた。夏から秋にかけて、老人を世話するイエローハウスの庭に、どんな花が咲いたか。本当はルミエのことを書きたかった。でも口のきけないルミエのことは、サイスが知ることは少なく、書く材料がなかった。
ルミエはエルフだが、千日の試練という謎の試練を受けていて、口がきけないし、石化して大理石の彫像のようになっている。そんなルミエに密かに思いを寄せるサイスであった。ルミエはエルザと一緒にイエローハウスに住んでいるのだ。
絵はジュリアスが描いてくれた。サイスがびっくりするくらい花の絵がきれいで、いつの間にうまくなったのか不思議だった。実はアラクネのアリアが、裁縫を教えるのに必要で、ジュリアスに与えたものだった。
ジュリアスは絵を描いたかわりに、スタンピードでの、義勇軍の活躍の本を書いてと頼んで来た。これも二人の協力で出来上がって、義勇軍の人が見に来てくれた。題名はそのまま『義勇軍の活躍』
なぜかジェビック商会のアンジェラという人が訪ねてきて、7冊本を寄付してくれた。大変ありがたい。そのうち5冊は子供向けのお話だ。『赤ずきんちゃん』、『白雪姫』など分かりやすくて面白い絵本だ。2冊はこないだのスタンピードの時の絵本。城壁前でのゴーレムとの戦いの場面ががテーマだ。4人がそれぞれどう戦ったが。ほぼ事実通り。この場面は領主の長男が負けたことで、様々な噂の種になっている。題名は『ピュリスの4人の勇者』
もう1冊は領主の令嬢プリムの遊撃隊の活躍だ。題名は『戦乙女プリムの遊撃隊』こちらは半分以上ファンタジーだ。7冊、どれも人気が出そうな本だった。だが奴隷商のジェビック商会が、なぜ本を寄付してくれるのか。そこがサイスには謎だった。
黒い肌のアンジェラが
「この図書館は、新しくできる劇場の隣、というか一部になるから。移転、予定しておいてね。しばらく休館になる。1か月くらい。領主様とテッドには連絡済み」
「はあそうですか」
「それからプリム様も義勇軍作ることになったから、一応言っておいて、隊長に」
「ジュリアスにですね」
「わが軍は国民軍なり。知っている?」
「隠れたる神からの手紙」の一部だ。この手紙の中で神様は新しい国を作るが、そこには軍隊がなく、国民全員が戦う国民軍だと言っていた。サイスはそれを読んでいたが、だったら貴族は何のためにいるのかと思っていた。だから王様も、領主もいらないとまでは思っていなかったが。
「うちの図書館にある『村の生活』と言う本に書いてありましたね。『隠れたる神からの手紙』の一部です』
「王様や貴族をどう思う」
「僕は孤児院の子やスラムの子とか奴隷とかが、字を読めるようになればいいということは分かります。それに自分の身を守れるように強くなること。それが大事だということですかね。それ以外はまだ分からないです。でもジェビック商会は奴隷商ですよね」
「人間単純じゃないのよ。坊や」
サイスは義勇軍に加盟してはいないが、夜の義勇軍の訓練には毎日参加している。そこでジュリアスには、アンジェラの言ったことを伝えた。領主の娘も義勇軍を作るということだけ。それと自分も義勇軍に加盟するということも。
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