第69話 顔が怖いよ

 北から白鳥がやってきた。冬がきたのだ。花がなくなり蜂たちも巣に閉じこもる。冬でもモーリーのやることは、基本変らない。木を伐って、枝を払い、皮をむき、乾燥させる。ただ秋のように時間に追われることはない。


 白鳥は冬の間、近くの湖や川にいる。凍らないうちは水中の魚を食べている。ピリュスの南西にある湖だ。湖のダンジョンの入口からも遠くない。ねぐらにしている湖の中心の潟から、日の出の頃に餌場に移動する。朝の光の中で、水面に姿を映しながら、着水する白鳥は美しい。モーリーはそれをしばらく眺めている。


 モーリーは狩人のスキルも得て、弓で鳥も狩るようになった。白鳥も食えるしうまい。だがモーリーは鴨の方が脂がのってうまいと思う。鴨も冬にやってくる。それで鴨を良く狩っている。白鳥も小鳥を食うので、姿が美しいと言って、特別扱いしてはならない。


 なのだが、モーリーはなぜか白鳥を狩って食べる気にはならない。白鳥の姿は美しい。ただ声は美しくない。外見は高貴なのに喋るとガサツなのはリリエスのようだとモーリーは思う。白鳥をなんとなくリリエスと重ねているから、食べる気にはならないのかもしれない。


 もうすぐリリエスの30年の呪いが解ける。孤高な生活を送っているモーリーにも聞こえてくる話だ。だがモーリーは全く動揺していない。リリエスが神になろうと魔王になろうと、従魔である自分はリリエスについていく。


 クルトはリリエスに限界突破させたことを激しく悔やんでいた。限界突破スキルを取り返すこともできる。だがリリエスの可能性を潰すことも決断できなかった。クルトは悩みに悩んでいる。


 もしとんでもなくリリエスが強くなったら、そして自分たちの味方であり続けてくれたら、どんなにいいか。その夢を捨てられなかった。もしリリエスが神のように最強になったら、どんな敵でも倒せる。どれだけ危険だとしても、その夢を見たかった。


 リリエスは強くなっても変わらない。そうリリエスを信じたかった。だがクルトは長い人生の中で、潰れていった多くの仲間を見てきた。どんなに才能があっても人は潰れる。才能があるがゆえに潰れていくのだ。そして潰れた人間は無惨だ。


 アリアの予測では明日か明後日だ、クルトは冒険者ギルドに休みを届け出た。彼の王都への栄転はみな知っているので、その準備だと思ったのだろう。突然の休暇を不思議がる人はいなかった。クルトは不安で仕事が手につかなかった。何かあったら自分の命を投げ出す責任があった。


 アリアは30年リリエスと一体だったから、彼女のことは知り尽くしている。モンスターを殺戮し、酒を浴びるほど飲み、歌い踊り、博打に熱狂し、男とセックスする。毎日陶酔し、燃え尽きる人生に不満なんかない。アリアはリリエスと一緒に30年そうやって生きてきた。


 そのはずだったのだが、リリエスの中に自責の念があるのもアリアは知っていた。1つの理想に向かって、ひたむきに努力しなかった。そう生きることが良いことだとリリエスの心に刻まれていた。だからそれに背いて、刹那的な快楽を求めることを、心の奥で自責していた。それをアリアだけは知っていた。


 何でもできるという状況で、リリエスが暴走してしまう可能性もあると思っていた。アリアが怖れているのは自己破壊、自殺だ。もしかしたら世界を巻き込んでしまう。


 リリエスに事情を話したのは、クルトとエルザ。リリエスには真偽判定のスキルを使ってもらう。普通は信じられない話だ。ギルドの会議室で深刻な表情で話した二人だ。リリエスは、興味深く聴いていた。


「クルト。そいつ生きてる?ジンウエモンと会ってみたい。戦ってみたい。30年経って自分がまだそいつにおびえるか。自分を試してみたい」


「死んだらしい。誰かに殺された。10年位前。カナスで」


クルトはそう答えた。


「そうか。そんな強いリッチを殺す、本当に強いやつっているんだ。会ってみたい。エルザも会ってみたいだろ。そんな奴」


「明日かな。リリエスが強くなるの。でも急激に強くなるのは、健康に悪いらしくって」


「エルザとクルト。心配しなくても大丈夫だ。リリエスはしぶといって、誰かに言われたことあるから」


「そう言ったのは俺だ。古いつきあいだよな。一回だけ俺の頼みを聞いてくれないか」


「なんだよ。顔が怖いよ」

 


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