第70話 一真、泣くんだ

 砦の家にて。


 ケリーを寝かしつけながら、リリエスが寝てくれて都合が良かった。一真はリリエスに憑依していた。アリアは肌の黒子になって、リリエスと一体化していた。クルトは隣の部屋で、ワイズと念話を待っていた。


 戦いはいつも情報戦。クルトが目を付けたのはスキルスクロールだ。スクロールショップで売っているということは、誰かが作っている。リリエスにあふれ出てくるスキルを、スクロール化して外部化すれば問題は解決する。必要なスキルはあらためて、スクロールから手に入れればいいのだ。


 アーサーを通じて調べたところ、付与魔法のレベル7で、自分の持っている魔法を、物に付与するスキルがあることが分かった。スクロールはそうやって作っている。ただ贈与の制限と同じで、肉親や対価を求めての場合は、一回だけしか使えないスクロールになる。その条件には当てはまらないから、今回は永続スクロールになるだろう。


 ただけっこうMPを消費するともアーサーは言っていた。幸いなことにリリエスは付与魔法を持っている。それが呪い解除の過程で、レベル7になったらすぐ、一真とアリアが何とかしてスクロール化のスキルを起動する。アリアは夢魔のスキルも使えるし、一真は憑依しているからできるはずだ。MPはアリアがたくさん持っているが、MPポーションも大量に用意する。


 一真は真っ白な世界にいた。5歳の男の子。貌はケリーではなくて、一真だった。泣いて叫んでいる。


「行かないで。行かないで。帰ってきて」


 女の人は振り向いて一真を見る。リリエスだ。


「行ったら駄目だ。行かないで」


「一真始まっている」


 アリアの声だ。リリエスはどこかへ行こうとしていた。一真は自分の使命を思い出す。付与魔法がレベル7になったらやるべきことがある。


「アリア。スクロール化を起動して」


 この声は24歳の前世の一真だ。少年の一真はリリエスに走り寄る。必死に足にしがみついて泣き叫ぶ。


「行かないで」


 そこで意識が飛んだ。


 クルトはワイズの部屋にいた。念話で異常を察して隣の部屋に走りこんだ。ケリーがこんこんと寝ている傍で、リリエスとアリアが倒れていた。アリアは人化が解けてアラクネになっている。


 クルトはリリエスを助け起こす。呼吸はある。ワイズも部屋に入ってきて、アリアの様子を見る。弱々しい声でアリアが言う。


「MPポーション。お願いよ。ワイズ」


 ワイズが飲ませると、アリアは一瞬だけ復活してくれた。


「みんな、話は朝に、全員無事、眠い」


 そしてまた寝入ってしまう。クルトもワイズもアリアが寝た姿を初めてみた。アリアは寝ないんだと思っていた。そのうちアラクネ姿のアリアはどこかへ消えた。


 朝、珍しく最初に起きたのはケリーだった。ケリーは何も知らない。自分が夜中にうなされたことすら。


「リリエス起きてよ」


「奴隷なんだから、たまには朝ごはん作ってよ。ケリー」


「リリエスの方が美味しいの。お腹空いた」


「ケリー、中に一真いる?」


「いるけど寝てる」


 クルトも起きてきて、ケリーとワイズと朝の狩に付き合う。ケリーの糸術、ワイズの小弓の腕が上がっていて、驚くクルトだ。みんなから念話が来るが、クルトは適当に答えている。


「ともかく大丈夫だった。詳しいことは後で」


 ワイズも交えて4人で楽しい朝食を食べた。昨夜の残り物と大麦で作るおかゆ。苦いお茶。クルトは冒険者ギルドへ出勤。ケリーも一緒についていく。リリエスはワイズを連れて森の仕事へ。日常へ復帰だ。


 一真とアリアがいないが、姿が見えないのはいつもだし、念話に気配があるから、大丈夫だろう。アリアからエルザに念話が来た。10時頃。


「エルザ。ジュリアスの訓練、今日だけ一人でやってと連絡お願い」


「アリアが体調不良って珍しい。それでリリエス、神様になれたの?」


「なりかけたんだけど、一真が泣いて止めた」


「一真、泣くんだ」


「泣けるようになった。成長して」


「リリエスはどうなの」


「6か月前に戻した。それ以外のスキルは全部スクロールにした」


「大漁だったのかな?スクロール」


「右目のスクロール30個もあるのよ。神獣のスキル。ショックで私、寝込む」

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