第65話 長男ダレンの敗北

 ピュリス城内、11時。クルトは軽い昼食を冒険者に取らせた後、1時間仮眠させる。目をつぶって静かにするだけで効果がある。1時間後、再集合。合図があるまで攻撃しない。これだけを確認する。


 ゴブリン80体が北壁に。まだ攻撃命令は出ない。ゴブリンが各城壁にほぼ均等に分散した時、クルトが大声で


「攻撃開始」


と告げる。


 どこの城壁もまず弓攻撃。次に攻撃魔法。急造の義勇軍がけっこうやる。エルザがスキルを贈与し、アリアが帰ってきて、右目の幸運のバフをかけてくれるおかげだ。


 領主指揮下の兵士たちは、長男ダレン側も、次男アデル側も、まず盾を持った歩兵が出撃。剣でゴブリンを薙ぎ払う。長男側はしばらくして騎兵が突出。ゴブリンを蹴散らしている。次男の側は背後に潜んでいた騎兵が突撃。領主の娘プリムの遊撃隊は、長男と次男の中間の角を攻撃する。


 冒険者たちは剣士や槍士など物理攻撃隊の出動だ。クルトは城壁の上を観察。遠隔攻撃は停止している。統制がとれている。このタイミングで、背後からは遊撃隊が突撃してくる。どの城壁も15分くらいで終了。


 20分の休養と補給の時間があった。次はゾンビ60体。これも城壁ごとに均等になるまで待って、攻撃命令が発せられる。どの城壁にも50人ぐらいの兵士や冒険者が待ち構えている。ピュリス防衛の兵力は、約250人。防衛の兵数より少ないモンスターが、間隔を空けて、4つの城壁に分散して襲ってきても、負けるわけがない。


 大抵のスタンピードは、こんなに上手く防衛できない。雑魚モンスターだけでも、不意打ちされて城門内に入られたら危ない。特に夜で数人の衛兵しかいない状況なら、小都市なら全滅の危険がある。しかし今回のピュリスは違う。正規兵が2つの城壁を守り、冒険者が残り2つを守る。


 領主の長男ダレンと次男アデルは、競争しているし、背後から攻める領主の娘プリムにも負けたくない気持ちがある。冒険者たちもそれぞれ意地がある。しかも今回は経験値買取のボーナスがある。冒険者も張り切っている。


 商人隊はフル回転でモンスターの死体を運んでいる。冒険者ギルドに渡して、解体してもらう。この肉は、今夜広場で行われる祝勝会に振る舞われるのだ。


 最後尾のケリーはしょんぼりしている。うっかりミノタウロスを全滅させてしまった。そのために最高の見せ場の登場モンスターが、ゴーレムに変更になった。


 もくもくとゴミ漁りをするケリーと新兵10人だった。彼等は金星を挙げたのだが、それに気づいていない。


 到着したモンスターには、最強のミノタウロスがいない。倒しづらいリビングアーマーもいない。それでもピュリスまでたどり着いたモンスターは500体以上。大規模スタンピードと言っていい。


 ケリーの最後尾が、城門前の戦場に着いた。ちょうど最後の戦いが始まった。ゴーレム4体がそれぞれの城壁に近づいていた。最初に出てきたのは、冒険者ギルドのギルドマスターのクルトだ。黒い馬に乗り、黒づくめの鎧に身を固めている。武器は長い槍だ。まるで伝説の黒騎士だ。


 エルザが、すでにゴーレムの、すべてのスキルを奪っている。アリアとリリエスが右目の幸運スキル、アリアはさらに左目で、ゴーレムにデバフをかけている。その上に粘糸でゴーレムを足止めしている。馬に乗って槍で戦うのは、クルトの戦闘スタイルではないから心配なのだ。しかし見せ場に気配を消して戦うわけにもいかない。


 ゴーレムに向けて、クルトが素晴らしいスピードで一直線に走る。黒い槍は少ししなりながら、ゴーレムの胸、心臓を一突き。そこには魔石がある。クルトのクリティカル攻撃が決まる。ゴーレムは一撃で上半身を砕かれ、地上には大きな魔石が残される。


 一般の住民も城壁の上や、城門を出て見物している。クルトがゴーレムを倒すと大歓声が起きる。特に冒険者たちはお祭り騒ぎだ。


「黒騎士」


「クルト」


のコールがやまない。


 次は領主の次男アデルが登場。二人の美女を連れている。一人は弓士だ。彼女が巨大な鏑矢をゴーレムに向って射る。挑発の魔法が仕込んであり、怒ったゴーレムがアデルに突進してくる。アデルは余裕の表情を崩さない。もうすぐ15歳の成人を迎える若武者だ。


 もう一人の美女が、高らかな声で、空からドラゴンを呼び出した。アデルは着地したドラゴンに乗り、ゴーレムを迎え打つ。赤い炎の鎧と黄金の魔剣。低く飛んだドラゴン。アデルは一刀のもとにゴーレムを切り捨て、ドラゴンに乗ったまま城内に帰還した。


 あまりに華麗なゴーレム退治に、アデルの下で戦った50人の兵士が武器で石畳を叩いて讃える。住民たちは一瞬遅れたが、大歓声が沸き上がる。


 次は領主の長男ダレンである。使い込んだ鎧姿で現れた。馬には乗っていない。手に持っているのはミスリルの大剣だが、次男アデルの後では地味だ。中年の執事が付いてきて、ゴーレムの前にメイスを置く。どのゴーレムも皆、既に武器を失っていた。


 執事はゴーレムにヒールをかける。HPを取り返したゴーレムは力に充ち溢れ咆哮した。その勢いのまま巨大なメイスを振り上げる。その前に一人で立ち向かう長男ダレン。


 勝負は一進一退だ。ダレンが負けそうになると、住民から悲鳴が上がる。戦いは力に勝るゴーレムが優勢だ。ついにゴーレムの一撃が入り、ダレンは大剣を飛ばされ、倒れ伏す。そこに5人の騎士が現れ、ダレンを助け、ゴーレムを打ち倒した。


 住民の歓声はない。弱い長男が死ななかったことを、安堵しているどよめきだけが残っている。


 最後は勇者アーサーのはずだが、出てきたのは極道カシム。彼は少年のころは万引き隊のリーダーで、市場ではひどく憎まれていた。大人になっても賭場、娼館、奴隷商。アリアスに引っ越すと聞いて、喜んでいる人が大多数だ。


 ざわめきの中、カシムはひとりで大盾を持ち、ゴーレムの攻撃に耐えている。アーサーが現れると大歓声だ。もう10年以上勇者を務めている英雄だ。ゴーレムと2,3回打ち合い、あっさり倒して、一礼して城内に去った。


 領主の長男ダレンの、何か意味ありげな敗北の後で、再び意味深な勇者の戦いに、民衆は戸惑っていた。それでも勇者の勝利に大歓声と拍手の嵐が起こる。民衆は酔いたいのだ。自分たちの都市の物語に。


 カシム登場の真相は、昨夜の宴会で、カードの賭けに負けた勇者が、見せ場でのカシムの登場を約束させられていたのだ。しかもカードはいかさまだ。アーサーは見抜いていたが、どうせ茶番だからとそのまま実行した。


 この見世物の間に、広場では祝勝会の準備が整った。すべての食べ物や酒を領主が提供する無礼講である。スラムの住民まで、全員に参加が許可された。


 領主や重要人物は領主の館での宴会だ。クルトやアーサーはそっち。


 カシム隊はもちろん広場にいて、歌姫を中心に盛り上がっていた。彼等も明日このピュリスを去る。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る