第64話 ケリーの戦い

 スタンピードの前々日の夕方、ケリーはいつものようにテッドと行商をした。ゴミ漁りも終えて家に送ってもらっていた。テッドはこの頃、ケリーが戦ったことのあるモンスターの話を聞いてくる。外見や強さ、どんな攻撃をしてくるか、敏捷性は高いか、どんな武器を使うか、弱点はどこか。


 ケリーは映像記憶を検索し、その問に頑張って答える。その度にスライムやゴブリンなど、毎日戦っているモンスターにつての知識が、きれいに整理されていく。それはケリーの中にいる一真にもいい勉強になっていた。ただこの日は、途中で一真はケリーから抜け出て、どこかへ行った。


 クルトからケリーに念話が来た。


「ケリー。スタンピードが始まる。スタンピードというのは、たくさんの魔物が街を襲うんだ」


「僕はリリエスやアリアといるから大丈夫だよ」


「でも他の人が危ない。5万人の命が危ない」


「怖いことだね」


「ケリーが5万人の命を救うことができる。頼んでもいいかな」


 そしてどんな魔物が、何体出てくるのか、正確に念話で報告する人が必要なこと。それにはケリーが適任だと。映像記憶や鷹の目、遠視のスキルを活用してほしいと、軍師のクルトはケリーに頼む。


 念話を聞いて、ケリーの黒子になっていたアリアが、非常事態を悟って、人化して出てきた。ケリーはいつもより美人になってると思った。テッドはアリアにしばらく見とれていた。テッドがアリアに会うのは初めてだった。


 しばらく呆けていたテッドだ。クルトがアリアとケリーを、死の谷のダンジョンに送ってほしいと言っている。それを伝えるとすぐ了承してくれた。もう家の近くだったので、リリエスに断ってから行くことになった。


 待っていてくれたリリエスは、もうワイズにも連絡し、一緒に死の谷へ向かう。リリエスが御者をしてくれたので、テッドは気兼ねなくアリアと話せて嬉しそうだった。アリアはここぞという時には絶世の美女になる。本当の姿はアラクネだが。いやアラクネの姿も美しいのだが。


 死の谷のダンジョンが見える丘の影に、ケリー達4人を置いて、テッドは急いで帰って行った。リリエスが手早くテントを設営し、小さな焚火をたいた。追いかけて、ルミエとモーリーも来てくれた。


 千日の試練のために、口をきけないルミエ。でも彼女の念話の指示で、みんなでシチューを作った。美味しかったし、それ以上に、みんなで居られてケリーは楽しかった。


 次の日はのんびりと朝ごはん。一真が自分の中にいないと、とてもさびしいケリーだった。生まれてからいつも一真がいたから、いないのが不思議だ。一真はケリーの一部だった。一真は昨日からクルトの中にいた。


 昼頃新兵さんたち10人が来て、テントを設営した。交替で見張りをしてくれる。リリエスは忙しそうに周りを調べている。モーリーは釣り。ワイズは意味なく飛んでいる。アリアは何もしていない。夜も静かに焚火で肉を焼く。リリエスはどっかへ行ったので、ケリーはアリアに寝かしつけてもらう。


 異変は次の日に起きた。朝ごはんが終わったころ、見張りの新兵さんが大急ぎで知らせに来た。ケリーが見にいくと、たくさんのゴブリンが出てきていた。スタンピードの始まりだ。


 遠視スキルで確認し、鷹の目でも確認した。すぐクルトに念話した。一真の気配がした。一真はこんなところにいるんだ。


 鷹の目で見た映像の記憶を、10等分して数えると約100体いた。それでクルトに、1000体と報告した。アリアもリリアスもそのくらいと言っていたので大丈夫だと思う。


 全部を報告し終わってケリーの仕事は終わる。はずだった。あとは最後尾を歩いて、死体をマジックバッグに収納して、商人隊に渡すだけ。ケリーはゴミ漁りが得意だから、何の問題もないはずだった。


 ところがアリアの気まぐれが始まってしまった。このところ練習している糸で、ミノタウロスを倒せというのだ。


「ケリー、魔物を解体する時、最初にナイフ入れる場所、分かるようになった?」


「毎日しているから、分かる。どこにナイフ入れて、どっちに動かせばいいか」


「糸も同じ。モンスターの身体の中にも境界があって、その線にそってナイフ動かすと、ぐちゃぐちゃにならない」


「アリア。糸は難しい」


「解体の時、ナイフ見てる?」


「いや、モンスター見てる」


「糸も同じなのよ。ミノタウロスを解体すると思って、糸は見ないようにするのよ。やってみて」


 ケリーは糸術のスキルをもらっているから、硬い鋼糸なら、まっすぐに飛ばすことはできる。アリアが最後尾のミノタウロスに石を投げて、注意を引く。こっちを向いたやつの下腹部に、鋼糸を飛ばす。切るならそこから上へ。確かに線がある。視線を上げると、それに沿って鋼糸が移動する。


 切れ味が鋭く、糸が撃ち込まれたポイントも良かった。アリアの右目のスキル、幸運度上昇のせいだ。


 新兵たち全員が、一斉に傷に魔法を打ち込んだ。エルザの育成で、新兵・衛兵には全員攻撃魔法スキルが贈与されている。


 鋼糸は喉の下まで切り裂いた。ミノタウロスは、切られた傷を再生し始めた。すさまじい生命力である。攻撃魔法も、糸によるダメージも、5分もしないうちに完全修復された。


 アリアがチームを指揮する。


「ケリー右手を切り落として」


 鋼糸を伸ばして、右手の肘のあたりに巻き付ける。巻き付けるのに、初めて成功。輪を縮めると、きれいに切断された。


「ケリー。マジックバッグに敵の右手と斧を収容。新兵、右肘の切断面に魔法攻撃を集中」


 切断された右手は、マジックバッグに入ってしまう。ミノタウロスは肘から、失った部分を生やそうとする。それには時間とMPが必要だ。そこを新兵たちが魔法攻撃で狙う。


「ケリー。左足、切断」


 左足もマジックバッグに。ミノタウロスは牛肉の味がする、そう思った新兵が一人いたらしい。ミノタウロスは左に倒れこむ。そこを10人の新兵が魔法で集中攻撃。


「次は首切って」


 再生のためのMPが切れたのか、ミノタウロスは死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る