第66話 嵐が過ぎて

 嵐が過ぎて、元の生活に戻った。スタンピードに参加した冒険者全員のスキル経験値が、リリエスに入った。勇者パーティーは買い取った経験値を全部リリエスのものにしたのだ。だがリリエスのスキルはレベルアップしないから、いつもの生活に戻っただけだ。新しいスキルは増えた。ジンメルパーティーの怪しいスキルが多い。死霊術、凶暴化、毒霧、抜刀術など。


 引退するジンメルとアンザムのパーティーは、リリエスに武器や成長促進の指輪、マジックバッグをくれた。返すと言って。確かに成長を付与したのはリリエスだが。勇者パーティーからはもらっているし。結局リリエスは受け取った。チームのマジックバッグや成長促進の指輪は、全員に配布してもまだ余る。


 武器をおねだりしたのはワイズだ。ジンメルの弓士が使っていたミスリルの小弓に、エンチャントをつけてもらった。凶暴化と雷の2つの魔石が入っていて、効果を切り替えて使う。アリアのエロスの小弓を借りなくても良くなるはずだ。これは使い込まれて成長しているし、オークションなら相当高いはず。ワイズはそんなことを意識していないが。


 一真も忍者が使う苦無など欲しかったが、自分の身体を持っていない人には権利がない。モーリーはアンザムの大斧をもらった。モーリーの変化はそれだけ。


 ケリーは糸をかなり操れるようになった。ミノタウロスを全部倒した成果だった。鋼糸だけでなく、3種の糸全部。そうなるとよく使うのは粘糸で、拘束してから剣で倒す。ワイズもいい弓を手に入れたので、二人の狩はとても効率が良くなった。


 ルミエも成長していた。聖属性の攻撃魔法を手に入れていた。怖いお姉さんたちに囲まれて、教え込まれたホーリーアローである。それに垂れ流すのを気にしなくなったことも今は感謝している。これでMPポーションをがぶ飲みながら、もう1階層深いところまで行ける。ますます深夜のダンジョン巡回に熱中するルミエだった。それでもルミエの焦りは消えない。千日の試練とは何なのか。分からないまま突き進んでいる。


 エルザにも変化があった。生活そのものは変わらない。ただジンメルのパーティーの戦いを垣間見て、手裏剣とマキビシは使えると思った。リリエスのところに返された武器の中から、十字手裏剣を一つもらって、ピュリスの鍛冶屋にコピーしてもらった。練習して使えるようにしたい。マキビシは、菱の実を自分で探した。毒は得意だ。


 エルザはスタンピードの翌日、死の谷のダンジョンに一人で調査に入った。モンスターは一体もいなくて、最深層にダンジョンコアがむき出しになっていた。エルザはダンジョンコアをマジックバッグに保管して、その扱いを保留にしている。


 今は冒険者ギルドのダンジョンマスターだから、そのままそれに統合すればいいのだろうか。でもクルトが転勤したら、ギルドもいろいろ変わってしまうかもしれない。迷いがあって誰にも何も言っていない。


 クルトにも変化はあった。軍師としての有能さを見せつけて、領主ヴェイユ伯爵の信頼がさらに厚くなった。アーサーやマーシャル、ジンメル、アンザム達には散々からかわれた。伝説の黒騎士様と。だが民衆はピュリスの英雄の出現に感動していた。


 ギルドマスターのクルトも、ここで王都アリアスへの栄転を発表できれば、いい区切りになったのだが、1か月後に迫ったリリエスの呪いの解除を考えると、それを見届けてから転勤するつもりでいる。


 一真はクルトに憑依して指揮をとったことで、少し自信を持てた。もしかしたら独り立ちしてやっていけるかもしれないと。それにやりたいことが、たくさんできた。薬師として、ポーションを作ってみたい。それは前世にやってきた研究に近かった。ワイズが薬師のスキルを得ているし、二人でやれば楽しいに違いない。


 言い訳に使ったカード型記憶スキルの開発は、こないだワイズに憑依している時に完成した。動画として記憶される映像記憶より、写真のようなカード型記憶は使い勝手がいい。それがケリー(一真)とワイズ両方にスキルとして定着していた。もうやり残したことはないのだ。


 それにジンメルの残した日本刀や居合のスキルは前世からの転生者一真には魅力的過ぎた。忍者にもなってみたかった。そろそろ自分の身体を持つ潮時かもしれない。そうすればワイズとの関係を進展させられる。


 アリアにも変化があった。時々テッドに会うようになった。昼にケリーに分からないように約束して、深夜テッドの執務室で会う。テッドには家族があるが、テッドの中では単なる浮気ではなかったし、不倫でもなかった。最後の女というやつは、特別な意味がある。砂漠で作られ始めた美味しいワインを飲んで、一夜を共にする。陶酔を求めるアリアにも楽しい夜だった。テッドにはアラクネの姿は見せていない。


 テッドには、アリアとのセックスは最高だった。それ以上にテッドの心に染みたのは、古代の神々の話だった。アリアは失われた神々の物語を語ることができた。時には歌うこともある。テッドは自分の心が乾いていたのを悟った。アリアはそんなテッドの心を潤す水だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る