第59話 我らは必ず勝つ
第1報は昼前、クルトのもとに。勇者パーティーのマネージャーからの念話だった。勇者パーティーは最後の仕事に死の谷を選んでいた。リリエスの人生に残酷な呪いがかけられた因縁の地だ。マネージャーは死の谷のダンジョンに先乗りして、下見をしていた。
「クルト。魔物がいっさい見当たらない。これはスタンピードの前兆ですよ」
もう一人のマネージャーも同じ意見だった。クルトは古くから彼等を知っている。二人の意見が一致しているなら間違いない。早い段階でわかったことはピュリスにはラッキーだった。不意を襲われたらゴブリン100体で小さな都市は滅びる。
幸運は他にもある。領主がピュリスに帰っていて、兵士がいつもより多くいる。勇者パーティーと彼等の親しいパティーが2つ、ピュリスに滞在している。勇者パーティーの念話と、リリエスチームの念話が接続できたことも幸運といえる。
領主のヴェイユ伯爵、アーサー、エルザ、リリエス、テッド、彼らに連絡をして、冒険者ギルドに集まってもらった。時間は夕方だ。リリエスは来てくれなかったが、代わりに一真がクルトに憑依してくれた。並列思考で、指揮のスキル持ちだから、いろいろ便利だというリリエスの配慮だ。
一真はケリーとアリアを、死の谷のダンジョンに運べと言って来た。いつ魔物が来るか。念話を持つ我々なら、直後にそれを知ることができる。そうすれば対策のために充分の時間が取れる。
クルトはケリーに念話する。ケリーはテッドの行商から帰るところだった。ケリー経由でテッドに移送を依頼。テッドは快く了承した。行商の途中だった二人を、そのまま馬車で死の谷へ送ってくれた。気を利かせてリリエスとワイズも連れて行ってくれた。これでいつ奴らが来るか分かる。
テッドは重要な立場なのだが、アリアの美貌を鑑賞する方を優先して、自分で一行を死の谷まで送ってしまった。アリアが初めてテッドの前に姿を現したのだ。美女に慣れているテッドが、珍しく動揺した。なんでもディオニオス神殿の彫像のひとつと、アリアが瓜二つだというのだ。
司令部の原形が出来上がった。一番上には領主のヴェイユ伯爵を頂く。軍師はクルト(一真)で了承された。勇者パーティーのマネージャー、伯爵家の執事、冒険者ギルドの副ギルド長、ゾルビデム商会の副支店長なども加わった。
テッドはいないが、テッドを補佐する副支店長は有能だし、若い副官を2人置いてある。サイスとジュリアス。ジュリアスは1回目の縄跳び大会で8,9歳の部門で優勝したスラムの女の子だ。10歳になって、兆候発見という謎スキルをもらった。サイスとジュリアスは二人とも賢く、新しいテッドのお気に入りだ。
ケリーの情報が届くまでに、司令部でやるべきことを検討する。まず近くの4つの村に知らせて、住民を城壁内へ避難させる。村にはアーサーのパーティーの魔導士が結界を張る。畑は既に収穫が終わっているのが幸運だった。
城壁ごとに分担を決める。領主側が北壁と東壁。ヴェイユ伯爵はモンスターを正面で受ける北壁に長男ダレン。東壁に次男アデルを配置すると宣言した。冒険者側が南壁と西壁。ピュリス所属の冒険者パーティーは19。これを2分して配置する。ギルド長のクルトは全員の能力を把握しているから可能だ。それに憑依している一真が、素早く一覧表を作ってくれた。
ヒーラーは中心の広場に集めて野戦病院を作る。それ以外はパーティーごと二分。割り振りながらシーフのクルトは気がついた。これではシーフはあまり役に立たない。シーフの主な役割は索敵だ。スタンピードでは不要だ。シーフ8人には直ちに自由行動を命じた。
商人隊はゾルビデム商会以外にジェビック商会が協力してくれる。馬と馬車を活用して、伝令と輸送にあたる。既にテッドが先行しているともいえる。テッドは既にマッピングスキルで簡単な地図を作っている。
念話で連絡が取れることは重要。できるのはアーサーのパーティとリリエスのチームだけ。念話のできるものは適宜分散させる。
勇者パーティーと一緒にピュリスに来ている2つのパーティーは、最高峰の2パーティーだ。クルトは彼等には城外で、モンスターを減らす戦いをしてもらうつもりだ。アーサーたちもそれに賛成してくれた。
優秀な斥候だったクルトは死の谷までの地形を把握している。ダンジョンから徒歩30分のところにピラリの崖という絶好の狙撃場がある。アーサーたちは今夜からそこで待機してもらう。ピラリの拠点建設はテッドたちに頼む。副支店長がすぐ動いてくれた。
領主の執事は有能な人物だ。彼の提案で、避難民、住民には地下に隠れるように呼び掛ける。城内の治安は11ある区の区長と、商業ギルドに任せる。
エルザの提案で、補給関係は冒険者ギルド職員が担当する。食事やポーションは無料提供。冒険者の報酬は1日5万チコリの定額とする。これはスタンピードの時の決まり事だ。
アーサーのマネージャーから、冒険者全員のスキル経験値を相場の2倍、最低保証10万チコリで買いたいと提案があった。クルトは、希望者のみ臨時の大パーティーに入り、勇者パーティーが経験値を独占する代わりに、冒険者がその代価を受け取ることに決定。
これは冒険者にとって有利な決定だ。大抵は5万チコリをもらっておしまいになる。自分の都市の一大事で、住民の命がかかっている。5万チコリだけでも、文句はないのだが、稼げるとなると冒険者たちに気合が入る。
準備は順調だ。クルトが軍師として的確な指示を出しているが、一真が憑依してアシストしている。並列思考の便利さを実感するクルトだった。
執事から
「領主様からすべての食堂、露店に飲食物無償提供の命令が出されました。もちろん十分な代価は支払われます」
ずいぶん気前がいい。クルトらによってサエカの建設が順調なので、領主の機嫌もいいのだ。
「領主様ありがとうございます。甘えついでで申し訳ないのですが、衛兵20人を商人隊の護衛に、新兵10人を最後尾の殿にお貸しいただきたくお願いいたします」
「クルトか。お前の働きにはいつも感心している。どちらも当てにしていない兵力だから、遠慮なく活用してくれ」
「有難き幸せ」
商人を守るのは領主の務めだ。多分商人から見返りもある。ヴェイユ伯爵は今回のスタンピードをいろいろな意味で活用しようと考えている。
王からの評価が高まるだけではない。武功をあげれば、長男と次男の出世の道も開けるかもしれない。ともかく勝たねばだめだ。どれだけ金をかけても元は取れる。
「皆の者、我らは必ず勝つ!」
力強いヴェイユ伯爵の言葉が発せられた。
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