第57話 うまくやれば儲かる
サイスの子供図書館の弱点は蔵書数が少なすぎることだ。この世界には子供向きの本などほとんどない。一真(ケリー)の描いてくれた絵本が7冊。サイスが書いた本が1冊。『村の生活』という、農民の子供向けの本が1冊。これはエルザが、王都アリアスで買ってきてくれた。冒険者ギルドにあった薬草の説明書。これは領主のヴェイユ家が複写してくれた。
ヴェイユ伯爵はアズル教の聖書も寄付してくれた。これは大人向けだから子供には難しい。リリエスが寄付してくれた『世界旅行記』など、これはゴミをリペアしたものだ。全部でやっと10冊を超える程度。
利用者は最初こそ、孤児院の子だけだったが、今は字が読める富裕な商人の子や、領主館に勤務する家臣の子も来るようになった。利用者は全部で20人くらい。本は奪い合いになる。
急に本を増やすのは無理だ。サイスが作ったのは双六だ。アイデアは一真。大きな板にセバートン王国の地図が書いてあり、サイコロを転がして進む。ピュリスから始まり、サエカに進み、西の辺境カナスを経由して、王都アリアスにゴールする。何人でも遊べるし、地理も覚えられる。数も覚える。6までだが。
リリエスが寄付してくれた『世界旅行記』をもとに、セバートン王国、エルフの里、神聖クロエッシエル教皇国、ドワーフの里、砂漠の隠れたる神の里、ン・ガイラ帝国を回るものも今作っている。砂漠の隠れたる神の里は、ナージャが聖人と会った話から創作した里だけど。
1から10までの神経衰弱のゲームも作った。これもサイスが一真から教わったゲームだ。木札がペアになっていて、片方が数字で、片方が丸の数になっている。最初は木の札20枚だけだったが、そのうち色違いにして40枚になった。
ピュリスの人口は約5万人。5歳から10歳の子供は多分1万人くらいいるはずだ。ほとんどの子は読み書き計算ができないまま成人になる。そして一生底辺のまま、貧しく暮らすのだ。サイスはそんなことまで考えられるような10歳児だ。そこから這い上がろうとする子はたまにいる。だがそこから子供たちを這い上がらせようとする子は珍しい。
貴族や裕福な商人や広い土地を持つ農民の子は、家庭教師から読み書き計算、魔法、武術を習う。家庭教師を雇えない家は親が教える。字が読めるのは10人に一人くらいだ。計算までできる人はもっと少ない。学校は12歳から15歳、既に読み書きができる裕福な子のものだ。
だから孤児院出身のサイスは戦う。貧しい子供に読み書き計算の力をつけるために。サイスが次に取り入れたのは、縄跳びだ。見本はモーリーに10本作ってもらった。もちろん1つ200チコリでの代価を払っている。縄と木の枝だから、誰でも作れる。これはサイスの自腹。
サイスは週1回、参加料10チコリで大会を開いた。ルールは簡単。多く飛べたものが優勝だ。優勝賞品は、リリエスのところに死蔵されている低級アイテム。HPを1増やすとか、攻撃力を1上げるとかの効果があるものだ。1つ100チコリで3つ買った。
数を数えられないと、誰が勝ったか分からない。身体を鍛えると同時に計算の基礎を作る狙いがある。30人以上参加してくれれば黒字になる。初回の参加者は51人。年齢で部門を分けている。6、7歳部門は16人。8,9歳部門は25人。10歳部門は10人だ。10歳以下で、100までの数を数えられることが参加資格。
6,7歳部門では孤児院の子が優勝。器用さが1上がる腕輪をもらった。8,9歳部門ではスラムの子が優勝した。敏捷が1上がる指輪をもらった。この子はサイスの図書館に通って、読み書き計算ができるようになった女子だ。10歳は市場の商店主の子が優勝。商品はHPが1上がるスクロール。
娯楽の少ないこの世界。しかも子供の遊びはさらに少なかった。縄跳びは貧富を問わず子供たちにブームになった。2回目は80人。3回目は120人の参加だった。
これに目をつけたのがテッドだ。縄跳び大会のアイデア全体を5万チコリで買い取ってくれた。参加者100人を超えた時、サイスはこれを運営するのは、自分では無理だと悟っていた。だからしっかりした大人に運営を任せられるのが有難かった。
テッドから見れば、まだ幼いと言っていいサイスは、将来有望な若者だった。この歳で読み書き計算ができて、本まで書いている。何よりその企画力だ。単なる慈善では規模は大きくならない。関係者全体に利益があり、企画者はやりようによっては大儲けできる。これはそういうものだった。
テッドはサイスの図書館の本を全部複写するだけでなく、さらに世界中から集めた子供の本を5種類、2冊ずつ寄付してくれた。これで図書館の本は40冊近くなる。それだけでなく双六や神経衰弱のアイデアも買い取ってくれて、プロの手で作り直して、寄付してくれた。サイスは手持ちの資金を20万チコリ以上にした。
テッドはサイスのアイデアを世界全体に売れば、もっと儲かると予測していた。ゾルビデム商会の世界全体の支店網を使えばそれは容易だ。
しかし縄跳びも双六も神経衰弱も、どれも体力や知力をあげるものであり、それはピュリスの国力をあげるだろう。セバートン王国では、領主の力が強く、王権は弱かったから、都市は一つの国のようなものだった。
テッドはすぐには世界全体に広げることは選ばなかった。まずピュリスそして、セバートン王国、その後世界へと、時差を設けることにした。それを作り出したものには相応の見返りはあっていい。そしてサイスを雇っているのは、領主のヴェイユ家である。ヴェイユ家にもピュリスの国力増大という利益は与えなければならない。
縄跳び大会の主催者は領主ヴェイユ家になった。縄跳びの縄も職人が作ったものになり、販売価格は10チコリ。参加費は取らないことになった。アリアスの貴族用の学校でも、庶民向けの学校でも授業に取り入れられた。
商品はゾルビデム商会を通じて調達する。テッドはリリエスのところに死蔵されている低級アクセサリーを1000チコリで買い入れ、2000チコリで領主に納入する。大会は赤字になるが、領主にはまったく問題にならない金額だ。みんな少しずつ利益を得る。
テッドは次のサイスの動きを興味を持って見守っていた。それと同時にサイスのアイデアの大本は、ケリーの中に隠れている一真という転生者だと知り、一真への興味をさらに深めていた。土の家のアイデアも一真のものであることをテッドは知っていた。
ケリー、サイス、一真、この世代から、ピュリスに天才たちが出現するかもしれない。テッドはそんな未来を夢見てほくそ笑む。うまくやれば儲かる。
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