第56話 ある老人奴隷
ルミエがエルザに助けを求めるのは初めてだった。事情は聞いて緊急性はないとエルザには分かった。すぐ行ってやりたいが、場所が分からない。ルミエの言う裏技はにわかに信じられなかった。しかしそれしかない。冒険者ダンジョンの入口で、ルミエと念じた。
ダンジョン名が一つだけ脳内に表示されたので、半信半疑で転移した。念話すると近くにいることが分かる。エルザは斥候なので、こういう状況は得意だ。
月に正対して、ルミエに見えるものを聞いて、背の高い木が視野にあることを確認。それを手がかりに、10分でルミエ達にたどり着いた。そこにいたのは相当高齢な老人と、途方に暮れたルミエだった。
イエローハウスに連れて帰る。老人は薬師レベル2のスキルを持っていた。いつものように痛み耐性を贈与して、さらに何回かヒールする。ここで寝かそうとしたが、眠たくないというので、落ち着くのを待つ。
あとはいつもの手順を進める。奴隷解放をして、ルミエの作った美味しい料理を食べさせる。その上で対価を示さず、老人の持っているスキルをすべて贈与してとお願いする。
老人が住んでいたのはン・ガイラ帝国の北の端、森と草原の境目にある村だ。そのまま砂漠を越えて北に進めば、ドーワフの居住区に至る辺境。彼は村の薬師の奴隷として買われた。50年以上、薬を調合し続けた。
この老人も自分の死期を悟り、スキルを贈与してくれた。薬師レベル2と狩人レベル1。ずいぶん奴隷主に貢献し、利益も稼いだだろうに、魔力が少なくなって使えなくなれば、無慈悲に捨てられる。最後だけは苦痛なく、安らかに迎えてほしかった。
でもひどい。エルザの母も奴隷だったのだ。奴隷商に戻すのも面倒な人は、誰もいないところに老いた奴隷を捨てる。まるでゴミのように。捨てられた老人は、もう死を覚悟しているから、騒がず後を追いもしない。
村の近くにある新しいダンジョンが、ドライアドのダンジョン同盟の所有だった。なぜそんな小さな辺境のダンジョンが同盟に参加しているのか。そういう詳しい事情はエルザには分からない。同盟ダンジョンの謎は深まるばかりだ。
薬師のスキルは貴重だった。今チームが購入するものの中で、最も高価なのはポーション類だった。お金の問題だけではなく、自分たちチームができるだけ独立性を保つという意味で、重要なのだ。
大事なものを誰かに握られているのは良くない。エルザはそう思っていた。だから仲間の中に薬師がいてポーション類が自作できるなら素晴らしい。
しかも一真は前世で薬師のような仕事をしていたというのだ。本人もやりたがっている。でもまだ一真は独立の決心がつかないようだ。とりあえずワイズに薬師レベル2のスキルをつけてあげよう。
ただ気がかりはある。ルミエが風魔法を返すとき念話で言っていたことだ。
「エルザ、私のMPでは風魔法を持つのは無理なの」
「MPとスキルの数は、まだはっきりしたことは分からないのよ」
「私のMPは60弱くらい。持てる戦闘系魔法のレベルの合計は多くて、6つだと思う。ただそう感じるだけだけど」
「直感というだけよね」
「特に系統が違う魔法は無理なの。苦しいの」
実は吸収のスキルを使いながら、エルザもそれに近いことを感じていた。スキルを無限に増やせるわけではないと。ルミエの言うことが本当だとしたら、自分だけでなく、ワイズもスキルを持ちすぎになる。
従魔と人間は違うのだろうか。それにしても多すぎるのは確かだ。でもワイズ以外に薬師スキルを活用できそうな人はいない。手が足りない。早く一真を独立させなければ。
それにリリエス。スキル30倍になったらどうなるのか。自滅してしまうのではないか。エルザはそれ以上考えることをやめた。
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