第55話 秋のディオニソス神殿
いつの間にか秋になった。ピュリス近郊の森も色づいた。歩くと靴底に硬い木の実を踏んづけてしまう。リリエスとケリーは古代遺跡の森を歩いている。神殿の復元は徐々に進み,、数体の美しい彫像が姿を現しつつあった。
「私は派手な紅葉より、分厚い葉っぱが、土の色に変わるのが好きなんだ」
「リリエスはきれいだから、真っ赤な紅葉が似合うと思う」
「俺は土になる。茶色の葉っぱはそう言って散っていくんだ。いさぎいいのが好きだ」
森はふんだんな実りをもたらしていた。柔らかくて甘い木の実。硬くて小さいが栄養のある木の実、森を再生させるために無数に生えてくるきのこ。動物やモンスターも太って美味しい。
山葡萄などはお酒にする。半分は蜂蜜で煮てジャムに。クルミは固い殻を割り、身をむき出しにする。どんぐりは皮をむいて、冬まで川に漬けておく。2か月くらい置いて、乾燥させて粉にする。きのこはひたすら干す。川に上ってくる魚は捕らえ、卵は塩潰けに。魚は干して薫製に。モンスターの肉や血でソーセージやベーコン、ハムも作る。
モーリーとリリエスも手伝ってくれるが、中心はワイズだ。秋はケリー以外はピュリスへは出かけない。4つの家を移動しながら、みな忙しくしている。
アリアも秋は忙しい。だからケリーは一人でピュリスへお出かけだ。アリアの得意なのは製糸や機織りだけではない。染色も得意で、様々な実が稔る秋は、溜めていた布を様々な色に染めるいい季節なのだ。なにしろ無数のボロ雑巾だったものが、リリエスによって、大量の新しい布にリペアされているのだから。
テッドがケリーを送って、4つの家まできてくれる。ケリーの夕方の狩は一時休止中。夕方からはケリーもワイズを手伝っている。テッドは毎日少しずつ作ったものを買い取ってくれる。もちろんリリエスがリペアした物なんかも以前通りにだ。
リリエスと仲間の作っているものは、原価が安い。彼等が購入しているのは塩だけだ。かなり安く売っても成り立つ商売だ。だがあまり安く市場に出すと、他の人たちが迷惑する。
例えば干し肉。血抜きしたモンスターの肉を薄切りにして、塩漬けして干すだけだ。安く売っても成り立つが、それをやると、干し肉で生計を立てている人が廃業してしまう。結局市場の商品が不足することになる。
リリエスたちはいろいろ考えるのが面倒なので、すべてテッドに引き取ってもらう。テッドは既に市場に出ている商品よりも、ほんの少し安く市場に卸す。それも少量ずつ。高級品や大量な場合は、ゾルビデム商会のルートやオークションを使って、他の街に卸す。
既存の業者を潰さないように、しかし安住もさせないし、暴利もえさせない。変化はないようで、3年経つと総てが変わっている。テッドが好きなのはそんな商売だ。ゾルビデム商会はン・ガイラ帝国の首都ビスクに本店がある世界的商会だ。だが国籍に関係なく、大商人は店を構えている都市を育成しているのだ。
貧しい人にも行きわたるのは大事なことだ。今までお客でなかった貧しい人々がお客になり、売り上げが伸びることを意味する。お金は回らないと意味がない。テッドは繊細に市場を操作している。一時的利益を取るのではなく、長期的な利益を目指している。だから価格破壊をなどという無粋な商人は退場してもらう。
リリエスたちの供給が増えただけでは、目に見えては何も変わらない。テッドが供給するリリエスの商品は、何であれ5万の人口に対して1日50個だ。この割合が絶妙なのだ。変わらないようでいて、大きく変わる。
サエカ新都市の建設があるので、ピュリスの物価はややインフレの状態が続いている。ややインフレなのは良いことだ。でも最底辺には厳しい。テッドは貧しい人を雇用して、森の入り口で薪づくりなどをさせている。報酬を現物支給したり、飢える人が出ないように工夫中だ。慈善ではない。商売の一環としての貧困救済だ。それは後日金になる。
サエカ新都市の建設は8割かた進んでいた。引退した冒険者にはもう住みはじめた人もいて、塩の生産を再開している。大きな鍋さえあれば海水を煮詰めて塩はできる。
問題は燃料をどう節約するか。そのために粘土質の塩田を作り、太陽の力で蒸発させ、塩分の濃くなった海水を使う。火魔法・風魔法・土魔法・身体強化、冒険者は、塩作りにも様々なスキル利用できた。でもスキルだけでは塩はできない。燃料となる薪が必要だった。だがやみくもに森の木を伐っては長い目で見て危険になる。塩生産に投資しているテッドの今の悩みだ。
テッドはひそかにエルフの動きを探っていた。エルフにも塩は必要だった。外との接点がサエカしかなかったのだから、エルフはサエカから塩を得ていたはずだ。そのサエカの滅亡はエルにとっても重大事だっただろう。そこに新都市ができるとしたら、必ずエルフは偵察に来る。
サエカ新都市がエルフに敵対的なものだったら、エルフは自分たちを守るために、サエカを滅ぼすことにためらわないだろう。何とかエルフの偵察者に、敵意はないことを伝えなくてはならない。そのためにはサエカ周辺に見張りを置いているテッドである。
考え事をしながら古代史が好きなテッドは、ディオニオスの神殿跡に向っていた。リリエスの家の中でここが一番好きだとテッドは思う。時間をとって必ず神殿を散歩していた。秋の夕焼けの風景に、テッドには鳥肌が立っていた。復元されつつある神殿は荘厳だった。紅葉の中、夕日に照らされた白い古代の神殿が蘇りつつあった。
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