第51話 スタンピード(小)

 ダンジョンではフロアを越えた移動はない。普通は。だから階段は安全地帯なのだ。だが、ケリーはフロアを越えて、モンスターが来ると言っている。スタンピードだ。


 素早く出てきたのはアリアだ。もちろん上半身裸のアラクネ型。ボス部屋の裏の、下へ続く階段を粘糸で封鎖した。入口への転移システムはこのダンジョンにはない。


「全力でこのフロアを脱出!」


 エルザも繰り返す。


「サイス、ケリー先頭。全速力」


 同時に念話で、緊急援助を求める。近くにいるのはモーリー。15分で来られる。リリエスはもう少しかかるが、全速力で来てくれる。クルトは出張中。


アリアが念話で


「リリエス。残り4層なんだけど、逃げるべきよね?」


「下の方は、コボルト、オーク、グリズリーベア、ミノタウロスだったかな。みんな物理系で質の悪いのはいないから、大丈夫だ」


「何かアドバイスある?」


 リリエスが答える。


「指揮は一真だな。あいつを遊ばせる必要ない。それとモンスターはフロアごとに分断して戦う。足止めするっていうことな。いっぺんに来ると忙しい」


「了解」とアリア。


 4層から3層に上がる階段も封鎖。時間稼ぎだ。さっき狩ったので、リポップはほとんどない。この階段で迎え撃つ。


 アリアが指示する。


「これから指揮は一真。指令は念話で来るから、サイスには近くにいる者が伝えること。15分くらいでモーリーが来る。その後リリエスも来る。それまで頑張ろう。じゃあ一真」


 一真が念話で指示する。


「まずスキル再編するよ。エルザからルミエに風魔法贈与。ケリーに火魔法贈与」


「了解」


「ワイズに弓技あげて、誰かいい弓持っている人」


アリアが答える。


「私がエロスの小弓貸してあげよう。射るのは鉛の矢だからね。間違えるとモンスターがワイズのストーカーになって、大変なことになるから」

 

一真が指揮を続ける。


「前衛はアリアとルミエとエルザ。後衛はケリーとサイス。ワイズは上から弓で敵の数を減らす」


「わかった」とみんなが声を合わせる。


「エルザは吸収したスキルをすぐ誰かに渡して。迷った時は僕に聞いて」


引き続き一真の指揮が続く、


「ケリーは火魔法で後から、サイスは威圧」


 すぐコボルト軍団がやってきた。百体弱。


「遠隔攻撃開始」


 ルミエが風刃。ケリーはファイアーボール、サイスは威圧。アリアは右目と左目をかける。幸運値のバフとデバフだ。ワイズは飛んで上から鉛の矢を撃つ。エルザがコボルトリーダーから指揮を吸収してケリー(一真)に贈与。続けて火魔法を使おうとしたコボルトメイジからスキルを奪い、ケリーに贈与。魔法スキルのレベルが上がる。


一真の指揮。


「エルザ。コボルトの前に遠隔で罠設置できるかな」


「了解」


 深くて大きな落とし穴が出現。5体が落ちる。魔法で倒せたのは6体。ワイズの鉛の矢で射られて、同士討ちが始まり、3体が倒れる。鉛の矢は仲間が急に憎くなる。


「もう2回繰り返し。アリアは粘糸で拘束」


 エルザは弓技、剣技を奪う。弓技はワイズに。剣技はサイスに贈与。落とし穴には3体。火魔法、風魔法で7体倒す。弓矢では5体倒す。


「前衛突撃。後衛援護。サイスは粘糸で拘束されている敵を殺せ」


一真の指揮は的確だ。


「前衛ゆっくり戻れ。しんがりルミエ。少し休憩」


「ケリーとワイズで敵の足止め。サイスは前衛の世話」


 ワイズは地表に降りて、ケリーと並んで弓を撃ち続ける。前衛はポーションなどで補充。少し休んで、前へ出る。


「ケリーとワイズ、下がって補充。サイス威圧」


 この時点で前衛の近接攻撃でかなり倒した。残り24体。風刃で2体倒す。粘糸で3体拘束。エルザが吸収で敵から剣技と弓技を奪う。サイスとワイズに贈与。スキルレベルがさらに上がる。


 怯んだのかコボルトの動きが止まる。容赦はしない。


「遠隔攻撃2回。その後前衛突撃。サイスは拘束された敵を殺す」


 これで敵は全滅した。見事な一真の指揮だった。モーリーが到着。アリアは粘糸での封鎖を張り直す。5分休憩できた。


 次はオーク12体。エルザは前衛から遊撃に。前衛はモーリー、ルミエ、アリア。エルザは右に移動して、気配を消して。鑑定をかける。オークジェネラルが指揮を持っている。まず彼から指揮を奪う。それを皮切りに、オークたちのスキルを奪いまくる。


 最初の遠隔攻撃ではモーリーが土魔法の岩石バレットを披露。いろんな魔法が飛び交って壮観だ。オークの数が減り、左目と威圧のデパフでオークの動きが鈍る。前衛突撃では進化の実を食べたモーリーの実力がすごい。


 ルミエのメイスも十分通用している。リリエスは今日は剣。アリアは鋼糸の輪で首をはねている。ワイズは毒針を射出し、エロスの小弓の鉛の矢も2体に当たり、同士討ちで4体消えた。あっという間にオークを倒す。


「アリア、祈りしていたら、お返しに糸術もらえた」


 祈りは「贈与+痛み耐性」である。ごくまれに相手からスキルをもらえる。


 感心するアリアである。


「ケリー、こんな時も祈りのスキルを繰り返していたのかい」


 アリアから糸の指輪をらって、ケリーも糸を出せるようになった。もちろん戦力にはまだならない。そこにリリエス到着。


 次はグリズリー巨大なクマが7体。リリエスは戦闘経験豊富だ。指揮はリリエスに移動。だがこの後のミノタウロス3体も、もはやただの狩。


 アリアの糸術。リリエスの万能攻撃。モーリーが鎌をふるう姿は、まさに伝説の死神。この前衛3人に、不死のルミエがメイスをふるう。気配を消したエルザのレイピアがどこからともなく現れて心臓を一突き。


 戦いの後、一時的に渡したスキルや武器はエルザが回収する。でもワイズには弓技、ルミエには風魔法、ケリーには火魔法と糸術、一真には指揮が残された。モーリーには怪力を贈与。エロスの小弓はアリアに返したが、ワイズには後でいい弓が与えられることになった。


 そしてチームの一員ではないが、サイスには威圧が残された。後日、彼はこの日のことを『ルミエの冒険』という短編小説に書き、図書館の人気の本のひとつになった。彼は本を書くことで、ルミエに思いを伝えようとしたようである。それが伝わるかどうかは分からない。


 孤児院の子たちは、サイスがいつフラれるか、賭けをしているらしい。それで人気本になっている。教育に貢献できるなら、黒歴史も悪くない。

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