第47話 ヤクザのカシム

 スキルが多く集まりすぎるのは有害だった。リリエスの勇者パーティー参加によるスキル増加。ケリーの祈りのお返しとして得られるスキル。エルザがモンスターから吸収するスキル。イエローハウスの老人たちから贈与されるスキル。店からスキルスクロールを購入することもある。努力なしに手に入るスキルを、そのまま育成に使うのは危険すぎる。


 エルザの贅沢な悩みだ。スキルや能力を幅広く配布するしかない。だが、孤児院の子にやりすぎるのは良くない。シスターのナージャにもあげる。サエカの建設にあたっている作業員の人にも。でも最適なのはやはりカシムの組のヤクザたちだ。娼館の娼婦を含めると100人以上になる。


 エルザはン・ガイラ帝国の帝都ビスクにいた。スクロールの調達だ。リテラシーのスクロールが大量に欲しかった。それと娼婦のための性技とか歌声とか魅惑(魅了の劣化版)のスキル。


 衝動買いしたものもある。食品加工とか、スキル統合。食品加工はワイズにあげたかった。ハムやベーコン、ソーセージが少ない。原因はモーリーだけでは手が足りないからだ。


 スキル統合は自分が欲しい。気配察知から気配遮断を自動発動しようとしても上手くいかない。スキル統合があればできるようになるかもしれない。スキルが多すぎるのも有害だが、必要なスキルは買う。


 カシムたちの育成は最初の3人が標準だ。全能力50以上。リテラシーをつけ、冒険者ダンジョンのモンスターから吸収したスキルを贈与する。3人は治安部隊に潜入してうまくやっているらしい。カシムが次に送り込んできたのは土の家建設部隊5人。彼等には標準の強化をしたうえで、追加でオークの怪力スキルと、購入した土魔法を追加した。


 3回目がカシム自身と3人の暴力専門部隊。それに居酒屋チーム。カシム自身には普通より多めに能力を底上げした。最低55以上。最高は攻撃力78。成人の平均が50だからけっこう有能になってしまった。リテラシーはもちろんだが、指揮のスキルもつけた。


 鑑定して分かったが、カシムはハーフオークだった。エルザの推測だが、カシムの母親はオークの苗床にされ、孕んだまま逃げてきたのだろう。顔もオークに似ているし、貧困な母子家庭で、差別され苦労したはずだ。猫獣人で差別されているエルザにはそれが分かる。リリエスが少年だったカシムに、一時期とはいえ本気で付き合ったのだ。それがどんなに少年を力づけただろうか。それも分かるエルザだった。


 カシムの指揮するパーティーの戦い方を、エルザは観察してみた。スライムも侮らない堅実な戦い方だ。カシムが一番強い。そのカシムがモンスターのヘイトを一手に集める。カシムが耐えている間に、子分たちが攻撃し倒す。エルザがその場でモンスターから吸収したスキルは、カシムパーティーに公平に贈与した。カシムが暴力の世界とはいえ、それなりの人望があるのが分かる戦い方だった。


 居酒屋チーム。彼等は既にピュリスのカシムの店で働いている人たちだ。王都アリアス進出のために彼等も強化する。こちらも冒険者登録はして、冒険者ギルドのダンジョンの最下層まで、1回は行ってもらう。全能力50以上にして、リテラシーをつけた。料理人は料理スキル1を持っていたが、レベルを2にした。これはイエローハウスの老人からもらったものだ。王都でも十分やっていける腕前になったはずだ。女性店員には魅惑をつけた。その上で残りの1日半、冒険者ギルドの居酒屋で働いてもらった。


 この魅惑スキルが好評で、娼館の娼婦の育成まで頼まれた。それで帝都ビスクへ来ることになった。エルザは実母が娼婦だったから、彼女たちに性技のスキルをつけるのには抵抗があった。が、彼女たちはあっけらかんと喜んでいた。エルザは一瞬自分もと思ったが、最近彼氏と別れたので、とりあえず使う相手はいなかった。


 エルザの鑑定で、娼婦たちの中に冒険者の資質があるものもいた。その3人はダンジョンで鍛えた。Fランクだがスキルも与えたのでそれなりに戦える。役に立つかどうかは分からないが、本人たちは喜んでいたからいいか。


 けっこう老齢の娼婦がいた。彼女は王都で開く孤児院に勤務することになった。暴力団が孤児院を経営する?もちろん善意だけではなくて、ピュリスの領主ヴェイユ家の王都での人気取り政策だ。同時にカシムの組が最初は合法的に王都に入る手段でもあった。


 カシムのパーティーの育成をしているエルザだが、ケリーやルミエやワイズ、孤児院の子たちの育成も忘れていない。うれしいことが一つ。孤児院の男の子で、10歳になって卒業した子がいる。名前はサイス。10歳のギフトでもらったのは読書。典型的な無能スキルだ。でも領主のヴェイユ家がギルドの近くに小さな図書館を作って、サイスを雇ってくれた。クルトの新都市サエカ建設の貢献からすれば、釣り合わないささやかな出費だが、エルザにはありがたかった。


 サイスはもう読み書き、計算は完璧にできるので、15歳までここで働けば、領主の文官、上手くいけば12歳から学校へ行かせてもらって、出世する道も開けるかもしれない。領主は図書館の本の複製も約束してくれた。長い目で見れば領民の教養の向上は、領主にもメリットがあるのだ。


 サイスは短時間だが、朝と夜、冒険者ダンジョンに、ソロで挑戦している。武器や防具はレンタルしてくれるし、無理をする必要はないから、スライムと角兔を狩っている。冒険者ランクはF。それだけでも図書館司書の給料と同額稼げる。


 エルザはこっそりサイス少年に剣技を贈与した。少年はそのうち自分が強くなっているのに気づくだろう。そして自分の人生の選択肢が大きく広がっていることを知る。その日が楽しみなエルザだった。

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