第34話 育成者エルザ

 ピュリスにはもう1軒奴隷を売っている商会がある。仕入れ先を多角化するのは大事だ。ましてカシムの奴隷商会が近いうちに、王都に移転するとしたら、なおさらだ。ジェビック商会は世界中に支店のある貿易商だが、貿易品には奴隷も含まれている。そのため奴隷販売部門もある。カシムに比べると幾分奴隷には優しい。


 ジェビック商会では高齢奴隷の殺処分はしていない。しかし長年売れ残ったり、高齢だったりする奴隷の扱いはやはりひどいものだった。エルザがそういう奴隷を格安で買いたいというと、ここでもやはり歓迎された。価格はカシムのところと同じ500チコリと300チコリの手数料。何に使うのか聞かない所が上品だ。カシムは人間の殺戮を楽しむ変態だと思い込んでいたから。


 エルザの家は近所からイエローハウスと呼ばれていた。石の女神のいるイエローハウス。そこにはいつも奴隷が1,2人引き取られていて、エルザと石の女神が彼等に幸福な最期を迎えさせてくれる。ルミエが街を歩くと、おばあさんたちは膝まづいて手を合わせるようになっていた。


 エルザも前のような拙速なやり方はしない。それでは自分たちに罪悪感が残る。ヒールして癒し。食事を与えて、痛みを取る。その次に奴隷から解放し、対価を示さずに、スキルを贈与してくれるように頼む。死を予感している老人たちは一人もそれを拒まなかった。HPや他の能力は後回しにし、本当に死の直前に同意のもとに贈与してもらう。受け取る能力値は少なくなったが、罪悪感も少しは減った。


 スキルや能力値を自分やケリーに集中配分すれば、老人たちからスキルや能力を奪っていることを気づかれる。違法ではないが、公表はしたくなかった。チームのメンバーに幅広く、ゆっくり配分していきたい。ただリリエスやアリアは除いておく。リリエスは今後怪物になるかもしれないし、アリアは神獣だから。


 ケリーを中心に、次がルミエ、エルザというように少しずつだ。従魔のモーリーの能力値も大事だ。彼は物理能力重視で育成していくつもりだ。エルザは自分がチームの育成者の立場に立っていることを自覚し始めていた。ただ今はだれと戦うのかもわからず、暗中模索だ。


 配分の次の対象は協力者たち。エルザが勝手に協力者に認定しているのは孤児院の子供たちやシスターナージャ、テッド、一応カシムもだ。特に孤児院の子供たち。巻き込むことはしたくない。だが広い意味での協力者にはなってもらう。彼等には弱点を補強するような形で能力の補充をする。中には5歳の時に生活3魔法をもらえない子もいる。そういう子は社会の中で自分の世話もできない落ちこぼれと言われて、最底辺から這い上がることができない。そういう子にはわずかなお金でスクロールを買えばいいのだ。


 能力値の上昇が著しいのはルミエだ。午前中の空き時間に、リリエスからもらった魔力操作で魔力上昇の訓練を集中的にやっている。成長促進の指輪をもらっているから、なおさら能力の上昇が目立つ。指輪はスキル経験値だけでなく、HPや能力の上昇にも関係しているようだ。夕方の子供たちとの訓練では、単独で冒険者ギルドのダンジョンを周回してしまう。


 ルミエの冒険者ランクもFランクに上がった。というか上げざるを得ない実績だった。ケリーも同時に上げた。薬草採取の貢献を考えれば妥当だろう。Fランクは成人が冒険者となる時の最初のランクだ。ソロでの薬草採取が適当なランクだ。ただ冒険者が何をしようと、たとえ無謀なことをして死んでも、冒険者ギルドは関与しない。究極の自己責任の世界なのだ。ただあまりに未熟なものを死なすのはギルドにも損失なので一応の見極めは行っているだけだ。


 孤児院の子たちは最低でもあと半年はかかる。エルザの能力値の補填を受けてゆっくり上昇はしている。それが普通なのだ。それにエルザは孤児院の子たちを冒険者にする気はない。彼等は広い意味での協力者だ。今はケリーやルミエを目立たなくする存在であってくれればよかった。実際彼等の存在はちびっこ軍団として、ケリーやルミエを隠してくれている。


 ルミエには不眠の呪いがかかっている。深夜老人たちが寝静まってから、翌朝の朝食準備までの時間を無為に過ごせないのだろう。メイスを持ってギルドのダンジョンに向かうのを欠かさない。深夜なので鬼気迫るその姿を見たものはいない。しかもダンジョン転移で各地のダンジョンを巡っているようだ。このままではルミエは近接戦が得意のヒーラー、血まみれの聖女になりそうだ。エルザにはそれでいいのかは分からない。


 エルザ自身、リリエスから身体強化のスキルをもらった。リリエスがそこまで考えているかは疑問だが、このスキルは大事にしたかった。チームにシーフは2人も必要ないからだ。クルトもシーフで、クルトの教えを受けたエルザもシーフだったのだ。クルトは39歳。5年後はまだ戦える。だとしたらエルザはクルトとどう差別化をするか。それがエルザの課題だった。


 ケリーの訓練の方向性も気配察知や索敵の斥候系に向っているような気がしてならない。だとしたらますますエルザのポジションは不要になる。しかも商人テッドの薫陶を受けてケリーが鑑定のスキルを手に入れる可能性がある。そうなったら、ケリーと自分とはほとんど同じになってしまう。クルトとの差別化を図りながら、ケリーと自分も差別化して行かなければならない。


 エルザが何かに転向すべきなのかもしれない。彼女が得意なのは猫獣人の血を引く敏捷性であり、メインの武器はレイピアだ。転向か。前衛には物理特化のモーリーや血まみれ聖女のルミエがいる。攻撃力のさほど高くない自分のポジションはないだろう。


 チームにいないのは弓使いくらいだ。しかしこれから弓に転向し、1から弓を訓練しても間に合うだろうか。5年後に決戦をする。それがチームの暗黙の合意だ。チームの育成役を自認するエルザ自身が自分の進む道に最も悩んでいるのだった。やはりまったく新しいことは無理だ。今あるスキルの中で何かを傑出させる。自分のステータスを確認してみる。


【名前】 エルザ

【人種】 ハーフケットシー

【年齢】 18歳

【状態】 正常

【HP】  91/91

【MP】  65/65

【攻撃力】 67

【防御力】 59

【知力】  87

【敏捷】  110

【器用さ】 73

【運】   69

【スキル】 

 鑑定1 気配察知3 気配遮断4 罠術5 斥候術5 マッピング3 細剣術4 暗殺術2 ヒール2 身体強化1 


 ありきたりのスキルと能力だ。だが何かを傑出させれば、ありきたりではなくなる。あるいは複数のスキルを組み合わせて、新たなスキルを作る。創意工夫なのだ。まずは気配察知と気配遮断を一つのスキルに統合できないだろうか。敵の気配を察知したら、自動的に自分の気配を遮断するようにしてみるというのはどうだろう。

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