第33話 あげまん さげまん

 なんでこうなるのか。サミュエルは喚く。お荷物のリリエスを追い出し、幼馴染のナタリーを迎えて、パーティーはDランクへの昇格を決めた。2年で昇格できるパーティは相当優秀なパーティーだ。


「なのに。どうしてだ!」


 リリエスはひどかったとサミュエルは思う。スキルレベルがヒール以外Ⅰしかない。ヒールレベル3のナタリーが来てくれたら、戦力は大幅アップのはずだった。しかも若い肉体。仕事もプライベートも最高になるはずだった。


 まず裏切られたのが夜の営み。こんなに味気ないものだとは思わなかった。それはアリアのエクスタシーのスキルと比べられたら、ナタリーが可哀そうだ。でもサミュエルはそれを知らない。


 Dランクの初仕事は失敗した。ゴブリンの巣の退治。そんなに難しい仕事じゃない。今までも何回かやったことがある。連携確認のためにイージーな仕事を選んだつもりだった。


 巣の近くで発見したゴブリン3体。誰も威圧をかけてくれない。今まではリリエスが威圧をかけて、動かなくなったゴブリンを倒していた。今回ははじめから本気をださなくてはならなかった。まあそれは良い。


 巣は洞窟の中にあった。入り口近くで、10体を発見。普通のDランクパーティーならまず隠れて数を減らす。まとめて相手するのはBランク以上。でもいきなり火魔導士のレスティが遠隔からファイアーアローで攻撃。3体減らして順調な滑り出し。だが後が続かない。クールタイムが5分は必要だ。いつもなら追撃があった。なぜ後衛は何もしない。レスティは何をのんびりしているとサミュエルは毒づく。


 後衛は悪くない。クールタイムは当たり前だし、ヒーラーは攻撃しない。リリエスが異常だっただけだ。ファイアーボールで1体倒し、弓でもう1体倒していた。


 結局サミュエル達は7体と接近戦になり、タンクのマイクが負傷した。剣士のサミュエルは1対1の対戦しかできないから、マイクが6体を相手にした。しかも今までよりゴブリンが強くなっていて、自分たちの身体が重い。リリエスの5分間のバフとデバフがないのだ。


 危なかった。今までなら3体はリリエスが前衛に移動して足止めし、マイクが3体を盾で押しとどめていた。だからサミュエルは1体ずつ倒していけばよかった。サミュエルも優秀な剣士だから、ゴブリン如きを倒すのにそんなに時間はかからない。マイクも優秀なタンクに成長している。でも一人で6体は無理だ。しかもバフもデバフも無しだ。怪我は仕方なかった。ナタリーがすぐ回復してくれたし。5分後にはレスティが3体倒してくれた。


 洞窟のその先には厄介なゴブリンの魔法使いがいた。狭い中で毒霧を使って来る。サミュエルのパーティーは毒耐性もマヒ耐性も全員が持っているはずだった。それは毎朝のお茶で自然に身に着いた。だが新参のナタリーには毒耐性はない。ナタリーが倒れた。装備の中に毒消しポーションはない。ついにサミュエルが怒鳴る。


「誰だ、昨日買い物行ったやつ。そいつのせいで、俺のナタリーがひどい目に合っているんだぞ」


 装備の補充に行ったのは、サミュエルとナタリーだ。それを思い出したサミュエルは、心の中で準備の悪いリリエスのせいにした。急いで冒険者ギルドに逃げ帰るしかなかった。


 任務失敗のペナルティは5万チコリ。サミュエルのパーティーには大きな損失だ。それ以上に最初に失敗したことは、ギルドからの信用を落とす。しかもメンバー入れ替えている。落ち込んで宿に帰った。今回はたまたま失敗しただけだ。次回は頑張る。サミュエルがそう決意した時に、宿の女将がやってきた。


「サミュエルさん、宿代のことなんだけど」


「リリエスが、払ってないんですか。しょうがないな、僕たちお金使いこまれて困っているんですよ。いくら払えばいいですか」


「リリエスなら、こないだ来てくれて、宿を全部リペアしてくれまして。今、うち新築同様でしょ。それで借金はチャラです。もう30年やってもらっているんですよ」


 確かにこの宿は新築同然。築43年の古い宿だと聞いて驚いた。


「それじゃなんでしょう」


「宿代なんだけど、今日から一部屋、朝食付き12000チコリでお願いします」


「今まで5000チコリでしたよね。倍以上はないでしょう」


「今まではリリエスが朝食作っていましたから朝食代はいらなかったんです。それにリリエスから、薪や肉をタダで分けてもらっていたんで、半額でももらいすぎだったんですけどね。もうリリエスいないなら特別扱いする理由がないからね。通常料金にするだけですよ」


「わかりました、僕たち別の宿に移ります」


 別の宿は古くて、不潔で、しかも狭い。それで13000チコリだった。今までが恵まれすぎていた。


 毒消しポーションを買いに行っても、借金はリリエスが薬草で返していた。そして料金の値上げを告げられた。今まではリリエスが貴重な薬草を納入していたので、半額扱いだったそうだ。


 そこへギルドの口座から、100万チコリが、賠償金として、リリエスから送金されたと連絡がきた。喜んだサミュエル達。失敗したのは装備のせいにして、すべての装備を新調することにした。


 リリエスによって魔法を付与された装備だ。彼等はその価値を知らない。テッドの店に持ってゆく。店員はさっと見ただけで、


「いくらでもいいです。言い値で買います」


「それじゃ全部で500万チコリ。マジックバッグも3つつけるわよ。それで100万上乗せして600万チコリ」

 

 ナタリーは目いっぱい吹っ掛けた。こういう時度胸があるのは女の方だと見せつけたかった。武器屋は本当に言い値で買ってくれた。2年前に全部で55万チコリそろえた武器だ。この店員は見る目がないと笑いをこらえるサミュエル。胸を張るナタリー。4人は逃げるように別の店に移動した。店員と支店長のテッドが出てきて、気の毒そうに見送っているのを、サミュエル達は気がつかない。


 リリエスの100万チコリを加えて700万チコリ。全部使って装備を新調した。確かに悪い装備ではない。意気揚々と帰るサミュエルののパーティー。ちなみにリリエスの100万チコリの賠償金を受け取ったのはサミュエルのパーティーだけだったらしい。

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