第30話 ルミエの千日の試練

 気がついたら激痛。痛みのためか、いつも意識が曇っていた。何人かの男女が、私の身体をまさぐっていたのは覚えている。幼いころの記憶もなかった。分かっているのは自分の名前と、エルフであること。千日の試練を与えられたこと。試練を果たさなければ死ぬという焦りだけだった。


 激痛から解放された時には一か月以上が無為に過ぎていた。認識できたのは、若い猫獣人の女の人。名前はエルザ。痛みから解放してくれたのはこの人らしい。


 エルザはすぐいなくなって、40歳前後の男性が、私に奴隷からの解放を告げていた。私は奴隷だったんだと認識する。自分の状態を確認してみる。皮膚は白く石化している。痛みは今はない、再発はするかもしれない。食べることも排泄することもできるようだ。やっと試練に取り掛かれる。


 エルザが犬獣人の老人とヒューマンの老女を連れてきた。何をしたか分からないが、彼等は寝てしまう。エルザは私に様々な力を与えてくれた。スキルを得たのが分かる。棒術と料理、それにヒールだ。


 私は焦っている。千日の試練を果たさなければ死ぬ。だが何を果たさなければならないのかは謎のままだ。昨日まではできることがなく、40日くらいか、眠ることもなく苦しんできた。今、私は奴隷でもなく、力を与えられた。二人の老人の力を吸収したのだと直感的にわかる。罪を感じる。


 今できることをやる。それしか道はなかった。エルザが私に頼んだのは、老人をヒールすること。二人の老人を介護することは私の望むことだ。全力を尽くす。メイスを与えられて鍛えることも、私の望みと合致する。そして料理を作ること。私も空腹であり、成長したかった。あと2年半。強い体を手に入れることは試練を乗り越えるために必要だった。


 朝、私の作った朝食はパントスープと卵入り野菜炒め。3人の朝食は静かだった。私は自分がしゃべれないことを確認していた。引き続き老人たちの介護と自分を鍛えるように言われた。そしてエルザの小さかった頃の衣服を与えられた。


 翌日も私の使命は変らない。介護とメイスの訓練にひたすら励み、料理を作る。午後にリリエスという年配の婦人とケリーという少年の訪問があった。ケリーは私に痛み耐性を贈与してくれた。リリエスはヒールをしてくれた。二人は老人たちにも同じことをしてくれた。感謝しかない。


 新しい家に移った。そこはくすんだ黄色の外壁と同じ色の内壁、透明な大きな窓のある二階建ての屋敷だった。そこで老人たちは死んだ。夜中にエルザは私を伴い、老人たちを、隠れたる神の教会の墓地に埋葬した。私は彼等の名前、ユシュとカリンを胸に刻んだ。


 新しい家にクルトはいない。エルザと私の二人の生活だ。エルザは朝の出勤に私を伴った。顔を隠す布を与えられ、目だけを出した格好で私はエルザについて冒険者ギルドの前に行った。夕方またここに来るように言われて、私は見知らぬ街を一人で帰る。人々の奇異な視線にさらされながら。


 新しい家をクリーンしながら、隅々まで探検する。壁の色だけでなく、光がさんさんと入るまぶしいくらいの家だ。1階に私の部屋とエルザの部屋。大きさが同じだ。大きな台所と大きな広間。2階にベッドの並んだ、老人たちのいた部屋がある。他にも空室が4つあった。


 地下室まである。ひんやりした広い空間で、地下の通路が遠くへ伸びている。そこもクリーンしながら、その先へ行くことはあきらめた。あまりに長い通路だったから。


 やることが無くなり、自分をヒールする。エルザは魔力を増やすために、尽きかけるくらいに魔力を使いなさいと言っていた。メイスの素振りを力が尽きるまでやって、またヒール。これを繰り返す。狂ったように。そうしなければ叫んでしまう。


 夕方になったのでギルド入り口へ。冒険者たちの無遠慮な視線がつきささる。激痛に比べれば何ということもない。エルザが来て、Gランクの冒険者証を渡される。地下に連れていかれる。同じ年代の子供たちが何人かいる。エルザの先導でダンジョンに挑む。スライムと角兔の第1層。私は初めてだが、スキルがあるのでイージーモードだ。角兔の解体を教わり狩りは終わり。私には物足りなかった。


 終わった後は、エルザは市場へ案内してくれる。ここでも好奇の視線にさらされる。石化した人間を見るのは初めてだろうから、無理もない。40日の激痛を思い出し、それよりどれくらいましかと思いながら耐える。


 エルザは人気ものだ。市場で働いていたこともあり、みんなに可愛がられているらしい。


「みんな、一緒に暮らしているルミエだよ。9歳なんだけど、石化の呪い受けているの。口きけないけど、悪い子じゃないから。頼むわね」


「まかしとけ。エルザの友達を邪険にするやつは俺が許さん!」


 市場で別れて、私は家へ帰り、料理を作る。もらったスキルが料理レベル3だったのでプロ並みの料理ができて自分でも驚く。


 夜は眠れないので一人だ。メイスと大きな袋を持って、夜も開いている冒険者ギルドのダンジョンに挑む。最下層のスケルトンを倒して、また最初のスライムから。何回周回したか分からない。ここのモンスターは15分で復活してくれると知った。

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