第28話 嗅覚強化スキル

 1か月後。ケリーの生活は微妙に変わっていた。森の家が土の家になった。外側だけなく内側に土を塗った。地下室には100メートルもある脱出路を作り、竈には薫製箱が作りつけられた。一真によれば十分に密閉され、断熱された家が完成した。空気の取り入れ口は、温度変化の少ない地下を通る。夏涼しく、冬暖かいのだそうだ。


 大木の家は寝るところは変らないが、藁のブロックで竈のある部屋を作った。そこは乾燥室を兼ねていて、今は木の実や草いちご、お茶にする葉を干してある。


 あとは少し早く起きている。だから前より早くギルドに着く。訓練が終わった後、ギルドで、頼まれた3人だけ冒険者さんの痛み取りをする。痛風という病気らしい。


 換金の数字だけを聞いて、エルザと一緒に、彼女の新しい家へ行く。エルザは独立したのだ。そこにはときどき老人が死を待っていることがある。エルザは殺される高齢の奴隷をカシムから買い取って、幸福に死を迎えられるようにしているらしい。ちなみにこの家も土の家に改装されている。


 老人たちの世話をしているのがルミエ。老人たちにヒールをかけてあげたり、ご飯を作ったりするやさしい人だ。外見はちょっと変わっているが、ケリーは気にしていない。


 広場で痛み取りの商売をする。ケリーの痛み取りは1週間効果があるそうだ。来てくれる人はもう常連さんがほとんどだ。おそらくここでだれかから嗅覚強化のスキルをもらった。


 その後市場で串焼きを買って、テッドの道具屋さんへ。そこでリリエスがリペアした武器やガラクタ類を渡す。そしてそのままテッドの馬車に乗って行商に出る。ゴミ捨て場でのゴミ漁りも忘れない。テッドにはほんの少し待ってもらう。


 馬車の上でテッドはいろんなことをケリーに教えてくれる。馬車の操り方もその一つ。途中の畑に植わっている小麦のことも。小麦はいつ種をまき、いつ収穫するか。そしてどういうふうに粉にされ、誰がパンを焼くか。


「ケリー、小麦だけじゃないけどな、穀物は貯蔵している間に鼠に食われてしまう。1割以上」


「冬に食べるものなくて死んでしまう人いるのに。鼠がいなくなったら助かるんだ」


「俺はねリリエスの新しい土の家に期待している。完全密封されたら、鼠の被害は大きく減るかもしれない」


「土の家はたくさんできるのかな」


「貧しい人たちが、自分で作れるからね。薪の量が今までの十分の一になったら、冬に飢え死にする人は減るだろうな」


 大人のする世間話だが、ケリーの中には一真がいるから、とてもよくわかる。


 農家に着くと、今年の稔り具合。モンスターの出現状況など、農家の人との情報交換をケリーにも聞かせてくれる。ケリーは映像記憶でしっかり記録し、並列思考で前世を含めた過去の記憶や、こないだギルドで知った地図と照らし合わせながら聞いている。


 村での行商が終わると、テッドはケリーを今日泊まる家の近くまで送ってくれる。そこでリリエスが待っていて、高価な武器やアクセサリー類をテッドに直接渡す。ケリーが運ぶものは安いものだけにしている。安全を考えてのことだ。


 テッドとリリエスが去ると、アリアが現れる。アリアはいい匂いがする。嗅覚効果は幸福をもたらす。さすがに神獣。ここからは二人での狩りの時間が始まる。ただどうしてもモンスターに体力負けをしてしまう。身体が大きくならないと無理なところはある。


 でも嗅覚強化を手に入れたので、モンスターがどこにいるか、前よりわかるようになった。気配に早く気がつくと、狩の効率は上がる。


 それ以上に進歩したのが薬草採取。感覚を研ぎ澄まして、空気の微妙な変化を感じ取る。ケリーは花の開くのさえ、感じとれるようになった。


 ギルドで読んだ本には、有用植物の絵が描いてあった。それと実際見ている植物の映像を照らし合わせる。前からやっていたがその種類が19種類に増えた。そしてギルドで見た地図とも関連付けて記憶していく。


 映像検索だけでなく、嗅覚による検索も加わった。嗅覚は本当にケリーにとってありがたい。ケリーの中にいる一真は、アリアの匂いだけでなく、リリエスやエルザの匂いを嗅ぐのも大好きだ。転生して幸福だ。


 そう言えば、リリエスは明日から、勇者パーティーの仕事に行く。昔の借金を働いて返すらしい。リリエスは嫌そうじゃなかったけど。


 ケリーは寂しいが、夜はアリアに抱いて寝てもらえることになっていた。

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