第26話 目が死んでいる老人
リリエスが今日2度目に冒険者ギルドを訪れた。1500万チコリを持って。エルザが対応したので、大金の入金はみんなにはばれなかった。冒険者ギルドも守秘義務はあるのだが、少々甘い。
エルザはリリエスに用事があった。寄付された武器の中に、小ぶりのナイフがあって、それは冒険者ギルドから出たガラクタではなかった。エルザは気に入ったので、それを買い取ろうと思ったのだった。多分前の持ち主は女だ。エルザの鑑定では1万チコリ。リリエスが了承して、ナイフはエルザのものになった。
エルザは午後の空き時間に、カシムの奴隷商に偵察に行った。ケリーがいた場所を見ておきたかった。怖いお兄さんが見張りをしていたが、奴隷を見たいというとあっさり通してくれた。
カシムが奥から出てくる。いやらしい目でエルザを見てくる。奴隷にしたらと、値踏みしているのがあからさまだ。カシムの頭の中で自分は、裸にされているに違いないとエルザは思った。
エルザは奴隷たちに鑑定をかけてみた。戦闘の才能のあるものや、容貌の美しい女、スキルの使えるもの、数百万チコリ以上で、とても手が出ない。
「廃棄予定の奴隷を見せて」
「若い女が?人殺してみたいってか。別にいいけど。こっちだ」
カシムにとっては手間が省けて有難い。わずかだが金になるし。若くてきれいな獣人の女を眺めているだけで、下劣な妄想ができるから悪くはない。エルザは無視して歩く。カシムが後をついて歩く。お尻が揺れるのを楽しんでいる。
裏の臭い匂いのする場所にそれはいた。3人のぼろを着た老人たち。おそらく食事も与えられていないのだろう、中庭の檻にただ打ち捨てられていた。無駄だと思いながらエルザは一人ずつ鑑定をかけていく。ここにケリーも入れられていた。
HPが30以下に低下している。瀕死の人たち。その中に61歳の男性がいた。エルザの鑑定では余命三日。軍からの払い下げ。この男性を買った。手数料込みで1000チコリ。
「奴隷から解放するにはどうするの」
死ぬ直前に奴隷から解放してやりたかった。
「解放してから殺すと殺人になるから気を付けろ。解放するには、明確に主人の意思を示せばそれでいい」
「簡単なのね」
「人生は案外簡単なものさ」
老人は何とか歩けた。家に連れて帰り、残り物でおかゆを作った。この老人はヒールレベル4を持っていた。ただMPが低下し、かろうじて自分をヒールしながら生き延びてきたらしい。
老人を寝かせてエルザが向かったのは、テッドの道具屋だ。そこで贈与のスクロールを買うつもりだ。2000チコリ。
テッドが接客してくれた。
「安いわね」
「このスキルは使うのが難しい。やめた方がいい。家族や親族には使えない。主従関係もだめ。金を払ってスキルを贈与してもらうこともできない。スキルや能力値が欲しいからって対価を餌に贈与させるってことはできないんだ。いや正確には一旦スキルや能力値の贈与はできる。ても5日くらいで消える」
「絶対なの?たまにできたりして」
「この世に絶対はないさ。よほどの幸運の持ち主なら不可能も可能になる。難しい条件が必要なんだ」
「それを知りたい。どんな場合にスキルの贈与はできるのかしら」
「深い因縁のない相手に、ちょっとした好意で大事なスキルをあげたくなった時かな」
「そんな機会はめったにないわね。自分が死を覚悟した時に、たまたま親切にされた人にあげるとか?」
「人生はそんなに簡単なものじゃないけどね。お嬢さん」
「見返りに相手のスキルをもらえることがあるって聞いたけど」
「百万回に1回くらい。ほぼないと同じ。自分の大事なスキル百万個を犠牲にして、相手の何だか分からないスキルをもらう。そんなことをする奴はいない」
「もし自分に固有スキルがあったら?生まれた時から持っているスキルは絶対消えないんでしょ」
「もしそうだとして、相手からスキルをもらうのは難しいんだよ。膨大な時間とMPを費やして、しかもその期間、相手を拘束できるなら可能かな」
「どれくらいかかるの」
「1日百回相手に贈与するとして、1万日。30年かかる」
「私はネタとして、持ちたいだけだから。関係ないけどね」
急いで家に帰り、老人を奴隷から解放した。主従関係があっては贈与はできないらしい。老人に贈与のスクロールを読んでもらう。老人のスキルに贈与が加わったのを鑑定で確認する。
「それじゃ、お願い。HP10を残してすべての能力とスキルをエルザに贈与すると唱えて」
老人は相変わらず死んだ目をしていた。死んだ目のまま、その通り唱えて気を失った。家族でも、利害関係者でもなく、対価は約束していない。
エルザが自分を鑑定すると、ヒールのレベル4がスキルに加わっていた。さらにHPが1,MPが29、攻撃力が5、防御力が7、知力が17、敏捷が4、器用が12、運が11増加していた。贈与のスキルまで返ってきていた。
寝ている老人を置いて、ギルドに戻りいつも通り仕事をした。家に帰ると老人はもう死んでいた。深夜、老人をボロにくるみ、孤児院の隣の無縁墓地に埋葬した。
エルザには罪を犯した感覚があった。3千チコリで貴重なヒールレベル4を手に入れたのだから。でもそれだけではないような気がした。もっと深い罪を犯したような気持ちだ。
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