第21話 リリエスの肖像
遺跡で出てくるモンスターはスライム・角兔・コボルト。ケリーの実力では1体ならスライムや角兔とは互角、上手くいけば勝てるくらいだ。それも武器や防具、アクセサリーで能力を底上げしてのことだ。コボルトはまだ無理。アリアの粘糸で拘束されてやっと倒せる。
コボルトは群れ出てくることが多く、統率されていて、武器も持っている。しかも持っている武器や道具が他の場所より上質のものだ。アリアの粘糸で動きを止められていても、ケリーの足がすくむ。そういう時はアリアの乳首を吸って、バーサーク状態になって立ち向かう。ただ興奮状態が終わるとやけに疲れてしまう。その分経験値を稼げるのだが。
薬草と毒消し草も結構見つけた。ケリーは森は怖いけれど、好きかもしれないと思う。でもまず生きのびることだ。生きのびて父さんや母さんの敵を討つ。
遺跡の入り口に3階建ての塔がある。3階部分は壊れている。リリエスがリペアして使っているのは1階だけだ。遺跡の奥の方にはいろいろなものがありそうだが、リリエスはまだ探検したことはない。これからケリーとの生活を長く続けるなら、奥の方の探索もしなくてはならないとリリエスは思った。
「今日冒険者ギルドいったら、エルザが地下のダンジョンに連れて行ってくれて、訓練した」
「遅くならなかった?痛み取りの商売はじめる時間」
「魔石や薬草の換金は別の人がやってくれた。ほとんど同じ時間で始めたと思う」
「まあありがたいな。訓練してもらえたら。私は素振りよりスライムでも倒せという主義だから。で、一人でスライムくらい倒せるようになったか」
「今日は倒せた」
「痛み取りの商売もうまく行っているか」
「そういえば今日、絵画っていうスキルもらえた」
「絵を描くスキルだな。試してみようか」
リリエスはガラクタから羊皮紙の切れ端を取り出すと、リペアして白紙の羊皮紙にしてケリーにくれた。同じようにしてペンとインクも与えた。
「好きなものを描いてみな」
ケリーが描いたのは薬草と毒消し草。映像記憶を持っていて、さっきも映像検索でこの二つを探していたばかりだ。ケリーが描いた絵は正確だった。写真以上。葉の形と付き方、花びらの枚数と形、茎にある棘の形。映像記憶だけでなく、前世の植物の知識がないと描けない絵だ。もちろん絵画というスキルのおかげで描けるのだが。
「ケリー思ったよりうまい。今度は私を描いてみて」
ケリーの描いたリリエスの絵は、ただ美しいだけでなくて、老いを迎えつつあるリリエスの悲しみと気高さを表現しきっていた。鏡など見たことのないリリエスに、これが自分かと改めて認識させる絵だった。
「ケリーありがとう。私の宝物にする」
リリエスはケリーと出会えて良かったとしみじみ思った。もしかしたら、自分は幸せに死ねるのかもしれない。もしそうなったら奇跡だ。冒険者が幸せに死ぬことはめったにない。リリエスも覚悟していた。戦いで死ぬか、飢え死にすることを。
この家にはまだベッドがなく、敷き藁に寝る。抱いて寝たら、すぐに寝入ったケリーが暖かい。リリエスはいろいろ物思いにふけった。
ケリーの中には日本から転生した一真がいる。眠りに入る前にリリエスの放漫な胸に抱かれて、満悦である。一真とケリーの関係はあいまいだ。別人格のようで、共通する部分もある。ケリーが3歳の時に、24歳だった一真としての前世の記憶がよみがえった。
3歳だからケリーにはもう自我が芽生えていた。魂を乗っ取ることもできたが、一真は併存することを選んだ。魂の統合はいずれするのかもしれない。でも急ぐことはない。ケリーはケリーで健やかに発達してもらいたいと思う一真だった。
一つ問題があった。2週間ほど前の、盗賊団の襲撃だった。一真にも恐怖だったが、ケリーには魂を破壊されるような経験だった。もし一真がいなければ、ケリーは狂うか、激しいトラウマを抱えて生きるしかなかっただろう。奴隷とされても自分を失わずに済んだのは一真のおかげだ。
だが一真の持つ映像記憶のせいで、生々しい記憶が新鮮なままだ。いつでも蘇ってケリーを苦しめている。それは悪いと思う。本当は忘れてしまうのが一番いい。大事なのは今を充実して生きることだ。幸福なら、過去の復讐なんかする必要がない。
でもケリーのように魂が破壊されかかった時、復讐したいという思いで、自分を支えるのは止められない。この世界では国家が悪人を罰してくれるとは期待できないし。自分で自分を支えるしかないのだ。
忘れられない苦しみを、ケリーは盗賊団に復讐することで乗り越えようとしている。この5歳児の決意を一真は全力で支えるつもりだ。それしかこの苦しみを抜け出す道が一真にも見つからない。今夜もケリーは泣き叫ぶのだろう。あの場面を夢に見て。
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