第18話 ボクちゃん

「サエカ村です。もうなくなってしまったけれど」


 ケリー君がそう言ったのを聞いてエルザはすぐすべてを理解した。つい半月ほど前に、サエカという海辺の寒村が盗賊団に襲われ、すべてを奪われたという噂が広がっていた。ケリー君がリリエスの奴隷として買われたのは数日前。売り物にならないと殺される寸前だった。


 盗賊団はケリー君を浚ってみたものの、5歳の男子では売り物にならないと考えて、カシムに捨て値で、あるいはタダで渡していったのだろう。


 ケリー君は強くなろうとしている。リリエスが強制してモンスターを倒させているようには見えない。ダンジョンでも、モンスターに立ち向かおうとしていた。エルザには人さらいに対する憎しみがある。エルザのの母も攫われ、娼館に売られたのだ。ケリーは復讐しようとしている。似た運命だから、エルザにはケリーの決意が分かる。


 エルザは午後から休みを取って、冒険者ギルドの馬を借りてサエカ村へ走った。今ならまだ盗賊団の痕跡があるかもしれない。北門を出て海へ向かう道を急ぐ。1時間半ほど走ったところに、10軒ほどの小集落の焼け跡がある。


 馬をつなぎ、1軒1軒を確かめる。人骨が半分白骨化して残っていた。鳥か野獣に食われたのだろう。焼かれていたために、すべてが壊れていた。だがそのため持ち去られていない。壊れた調理器具、食器、貧しい家具の破片。


 あまりにも貧しい村の様子が分かると、エルザは悲しくなる。ケリーはここでついこないだまで生きていたのだ。だがエルザの探しているのはケリーの思い出ではない。盗賊団を特定するための品物だ。


 エルザは鑑定をかけていくが、何も見つからない。それでも怪しいものを袋に詰める。


 帰り道。この道は盗賊団と攫われたケリー達が通った道だ。どこかで何か捨てなかったか。馬をゆっくり歩かせて、何か痕跡がないか探しながら進む。途中の草むらから折れたナイフや錆びた短剣が見つかる。


 エルザの鑑定ではそれが盗賊団のものであるか、ただ旅人のうち捨てたものなのか、何も分からなかった。暗くなってきたので探索は諦め、町へ急いだ。今日のことをクルトに相談したかった。


 だがクルトは家にいなかった。クルトは酒場で女を待っていた。みすぼらしい服を着た平凡な顔立ちの女。その本当の姿が、人化までできるアラクネであることをクルトは知っていた。


「お兄さん、お酒一杯奢ってくれない」


「場所を変えないか。ちょっと大事な話があるんだ」


「なんだい告白かい。自分が何者か。それともすぐ寝たいのかい」


 クルトは黙ってお金を払い、女を広場の方に導いた。行く先は冒険者ギルドであった。ギルドマスターの部屋の応接室で二人は向い合った。


「冒険者ギルドのギルドマスターマスターのクルトです。初めまして」


「私は初めましてではないわよ」


「どこかで会ってますか。今日はすっぴんなのか、昨日よりずっと美人ですから、もし会っていれば忘れるはずがないんですが」


「私は30年前から、リリエスと身体共有しているから。初めて会ったときは、おませな13歳の少年だったかな」


「まさかそれを知っているのは」


「私はリリエスの中に封じら得ていたのね。感覚も身体も共有していた。だから記憶も共有しているのよ」


「それはリリエスは知っていたんですか」


「あの人がそんな微妙なこと分かるわけないじゃない。ただリリエスという人格は30年間、私とリリエスの複合人格だった」


「それじゃ陽気ではすっぱなリリエスは、半分はあんただった」


「はすっぱなのはほとんど私よ。リリエスは内省的な真面目な子だから」


「それじゃ僕はあんたを抱いていたんですか」


「まあ一粒で2度おいしいという感じかな。ボクちゃん」


「今はどうなっているんですか」


「やっとリリエスから分離して、今はケリーの保護者している。そのせいでリリエスはやけに真面目になっていてお酒は一滴も飲んでいない」

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