第15話 エルザの願い

 エルザの母は奴隷だった。母が生まれたのはケビウスという島国だ。そこは猫獣人の王が治める島国で、ン・ガイラ帝国の自治国のひとつだ。ン・ガイラ帝国には六星王国と総称される獣人の小王国が6つあり、ケビウスはその一つだ。


 エルザの母はケビウスから帝都ビスクに働きに来てある貴族家のメイドをしていた。それが奴隷狩りにあって、帝国の東の隣国セバートン王国の首都ピュリスの娼館に売られた。ヒューマンの中には物珍しさから獣人を性的対象とするものも多いのだ。


 エルザの母は攫われてから10年ほどして、妊娠した。相手の男は分からない。出産は難産で、エルザの母は死んでしまった。生まれた赤ちゃんは孤児院に引き取られた。それが18年前のエルザだった。エルザは猫獣人とヒューマンの間の子だった。猫耳があるがどちらかというとヒューマン寄りの容貌をしていた。


 この世界には成長の区切りが三回ある。5歳でほとんどの人が生活三魔法を授かる。平民の子供はそれまでほとんど放し飼いのように放置されている。生活三魔法とはクリーン。飲水・点火のことで、生きていく基本である。これができるようになると家族の一員として畑の手伝いや家事の手伝いを始める。


 10歳でらギフトを授かる。何かしら生活に役立つスキルをもらえる。ほとんどが農業とか、商人というスキルだが、まれに剣士とか、魔法使いが出ることもある。良いスキルが出たものは、社会的な成功が約束されている。


 最後は15歳の成人。親の庇護を受けられる修行時代は終わって、ここからは自立することになる。しかし平民はもうほとんどが働いているから、結婚できるようになることくらいしか意味がない。


 エルザは5歳になって、孤児院の家事を手伝いながら、市場で働いた。獣人の血を引くからか敏捷で力もあった。小さくてもけっこう役に立ち、市場の人たちから可愛がられた。字を教えてくれる人もいて、8歳のころには簡単な計算も覚え、それなりに稼げるようになった。


 その頃クルトと知り合い、エルザを気に入ったクルトは孤児院から引き取り、養女にしてくれた。クルトには妻がいなかったが、別にロリだったわけではないようだ。クルトはその頃冒険者をしていたが、嗅覚を失って限界を感じていた。モンスターの発見に嗅覚は重要な働きをしていたのだ。


 敏捷で賢いエルザを見て、クルトは気まぐれで自分の技を伝えたくなったのだ。それで養女にして冒険者登録をした。成人前の子はGランクから始まる。クルトは自分がリーダーをしているパーティーに、見習いとしてエルザを入れ、思う存分鍛えた。仕事がないときは二人でダンジョンに潜った。


 エルザが10歳で授かったスキルは鑑定だった。非常に貴重なスキルで、商人になれば成功は間違いないと言われているスキルである。クルトはエルザに冒険者をやめさせて、大商会の見習いにしようとした。しかしエルザがどうしても嫌がって、冒険者を続けることになった。実際パーティにとっても、モンスターや宝箱を鑑定してくれるエルザは貴重だったのだ。


 冒険者としての7年目、15歳のエルザにまた転機がやってきた。クルトが冒険者をやめて、冒険者ギルドのマスターになったのだ。それを機会にエルザもギルド職員に雇ってもらった。エルザにはやりたいことがあった。


 ピュリスの冒険者ギルドには、初心者用の三層の小さなダンジョンがある。エルザは受付嬢をしながら、そのダンジョンの管理を任せてもらった。管理と言っても勤務時間終了後、掃除をすればいいだけだ。そこで2時間ほどかけて、3層のダンジョンを毎日攻略している。冒険者として自分の腕を落とさないためもあるが、エルザはC級の冒険者なので、経験値はほとんど稼げない。収入は魔石で一日3千チコリくらい。副業をするとしても苦労と危険のわりに報酬が低すぎる。


 エルザがこの仕事を始めたのは、いつか自分のような孤児を救って、自分の監督下のダンジョンで鍛えて、自立できるようにする。自分がクルトにしてもらったことを、その子にもにしてやる。まだ果たせないその夢をどう実現したらいいのか。分からないままに3年経っていた。そこに現れたのがケリーだった。


 鑑定をしてみるとケリーには痛み耐性と、贈与というスキルがある。魔力も多く、魔法使いの適性があるようだった。もしかしたら私が救わなきゃならないのは、この子かもしれない。エルザは心の中でそう思った。

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