第9話 砦

 分かれ道を左に曲がる。道は大きな山脈に向っていて、道の果てにはエルフが住んでいるとアリアは言う。


 目指すのは森に囲まれた小高い丘。息が切れて歩いてしまう。ケリーの5歳の身体では、まだ激しい運動は無理なのだ。前世では保育園の年中さんだから。精神年齢はそれに前世の24歳を加えたものだけどね。


 アリアが実体化してそばを歩いてくれる。相変わらず見事な上半身だ。エルフという種族のことをいろいろ教えてもらう。ケリーが前世で読んだファンタジーとほぼ同じ。もし結婚するなら美人のエルフだなと妄想したりするケリーだった。


 途中スライムを見つけた。相手はまだ気づいていない。「祈り」の対象をスライムに切り替える。スライムのスキルだってもらいたいから。頭の半分で魔法を唱えながら、半分で剣を抜いて戦いに備える。


「気配を消す練習。息を静かにして、足音を立てない。ばれたら急いで近づいて一気に倒す」


 小声でささやかれたので、ケリーはうなずいて真剣な目をスライムに向ける。風下から、木の枝を踏まないように、足音を殺して近づく。スライムの背後をとれた。5メートルくらいの場所でダッシュ。振り向いたスライムを上から両断。でも一撃目は中心を外れ、跳ね返される。スライムが逃げなかったので、一歩踏み込んで落ち着いて核をめがけて剣を振り切る。今度は両断できた。


 スライム3体を倒して目的地に到着。そこは古い砦の跡だった。入り口は2つの大きな岩の隙間だ。1メートルもない狭い隙間を5分くらい通る。そこを通り過ぎると広場になっている。広場に面していくつかの窪みが崖に穿たれていた。その窪みの前にリリエスがいた。


 リリエスがやろうとしているのは、おそらくかつてあったはずの居住空間の復元だ。窪みの入口は狭くなっていて、両端には錆びた金属の痕跡がある。リペアをかけ続けると、徐々に居住空間が姿を現した。といってもただの崖をくり抜いた四角い空間だ。


 扉と明り取りの窓のようなものが出現した。外と区切られているだけで何か安心できる。ここも誰も知らないリリエスのセーフハウスで、リリエス一人の時は、夜、広場で寝ていただけの場所だ。でもケリーと一緒なら、少しは住まいのようにしたかった。


 ケリーが今日稼いだお金を出した。


「今のところ現金は使う予定がないから、ギルドの口座に一緒に入れておいて」


「はい。これが集めてきたもの」


 その時ついでに「贈与、右目」と1回だけ唱えた。リリエスの今後の人生が幸運であるように。


「修復しておく。ケリーはなんか食べられる動物狩っておいで。袋持っていくんだぞ」


 岩の間を通って外の森に出ると、アリアがまた姿を現した。


「今日は大きいのを狩ってみるかな」


「兔じゃないの」


「ここには兔はいないみたいだね。ボア。イノシシがいる。気配を消して、右へ50歩」


 たしかに前世の中型犬、レトリバーくらいの大きさの生き物がいた。


「一人じゃ、まだ無理かな。粘糸で足止めしたから、仕留めておいで」


 ケリーは駆け出して真正面から向かい合った。眼に入ったのは牙と怒りに燃えた目だ。鼻息が荒く、怒っているのが分かる。腰が引けて遠くから斬り付けても浅い傷がつくだけで、イノシシの怒りは増すだけだ。


「落ち着いて。首を落としなさい」


 アリアは近づいてきて、ケリーを励ます。ケリーはイノシシの横に移動して思いっきり剣を振り下ろす。剣からイメージが伝わって、どこを切ればいいか分かった気がする。力不足で、1回では切れなかったが、5回目で首を落とせた。


 アリアは近くの木にイノシシを吊るして血抜きを始めた。


「今日はわざと血の匂いをさせて、モンスターをおびき寄せるからね。しばらく向こうで別のモンスター狩るよ」


 少し離れたところでスケルトンの群れに出合った。7体いる。全員武器持ちだ。ケリーより背が高くて勝てもそうもない。アリアはケリーを抱き寄せると、乳首を含ませた。


 ケリーにやる気が湧いて来る。粘糸でスケルトンの手と足は拘束されている。ただスケルトンの魔石は、頭蓋骨にあるので手が届かない。一体ずつ腰のあたりを砕いて、頭蓋骨を手の届くところに来させてから、真っ二つにする。


 昨日と同じ殺戮の快感が湧いて来る。恐怖心が全く無くなり、能力も全部上がっているので、格上のスケルトンでも15分もかからずすべて倒せた。ただそのあと激しく疲れて、動けなくなった。


 アリアがすべての魔石とスケルトンのドロップを拾い、ケリーをおぶって入り口まで連れて帰ってくれた。そこでいったんケリーを降ろし、一緒に歩いて戻って、血抜きしたイノシシのところへ。


 集まっていたスライムを倒して魔石をとる。アリアはイノシシを入り口において、そこで消えた。


 しばらくへたっていたケリーがやっと立って、リリエスのところへ行く。リリエスに頼んで、自分で持てないイノシシを、リリエスに持って来てもらった。


 家にはベッドができていた。ゴミ捨て場から持ってきた木片は、ベッドだった。そこに寝かされたケリーはしばらく寝てしまった。


 ケリーが起きたとき、外はもう暗くなっていた。リリエスは外の焚火にいて、ケリーが起きて来ると、イノシシの肉を焼いてくれた。串に刺してあって、野菜も一緒に焼いてある。


 2本食べてケリーはまた寝てしまった。

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