34話 それから


 蜂屋さんの言葉に允生はパチクリと眼を瞬かせた。


「まあ、お前らの立場からはそう見えるのかもしれないな。だけど俺たちから見ればそんなことはない。俺たちヤンキーが何の利益を得ているんだ?イキって見栄張って、ケンカばっかりして、警察サツにも睨まれ、普通のヤツらには何にもしてなくても煙たがられ……それだけのリスクを背負って得られる見返りなんてほとんど何もない。……ただ街中や学校で少し威張れるだけだ」


「……じゃあ、ヤンキーさんなんて即刻お辞めになればいいじゃないですか! 」


 蜂屋さんが珍しく感情的な声を出した。


「そんな簡単にはいかない。動き出してしまった事態は自分1人の意志ではどうにもならない……ってことをさっきから言っていたつもりなんだけどな。お嬢ちゃん意外と物分かりが悪いんだな」


 允生の皮肉に蜂屋さんは少し言葉を詰まらせた。


「……だからな、身内をヤンキーにすることだけは絶対に勧めない。もちろん最初から身近な人間をヤンキーに仕立てようとするバカには何を言っても無駄だがな」


 何もかもを見透かしたような允生の言葉に蜂屋さんが少し驚きの表情を見せた。


「……ヤンキーなんてのは一度関わり合いになっちまうと死ぬまで面倒なことになる。その弟さんがまだ面白半分にヤンキーになりたいなんて言うんなら俺に言って来いよ。殴ってでも止めてやるよ」


「……殴ってでも止めるというのは、ヤンキーさん流のやり方なのであまり褒められたやり方ではありませんね。きちんと言葉でもって説得しなければそれは同じ穴のムジナさんになってしまうのではないでしょうか? 」


 蜂屋さんの細やかな抵抗の言葉に、允生は鼻を鳴らした。


「は、そうかもな……。とにかくヤンキーなんてのは不思議なもので、ほとんどのヤツらはいつの間にかなっているのがほとんどだ。だがごくたまに気合を入れて『今日から俺は!』と意気込んでヤンキーになる馬鹿もいる。そんなやつらは意志が強いからヤンキーを辞めるのも簡単!……とはならねえ。さっき言った通り一度こっち側に来てしまえば諸々の状況がそこから抜け出すことを難しくさせる」


 その後も允生の語りは続いた。

 ヤンキーにならざるを得なかった自らの境遇を嘆いているようでもあったが、ヤツ自身は既にそこから超越しているようにも思えた。

 ケンカをしなければコイツについてのこんな面も知れなかったわけだ。






 一応の区切りが付いた気がして、俺はその旨をのび太にメールで送った。

 もちろん返信などあるわけがないとハナから諦めていたのだが、何時間かしてからスタンプが一つだけポンっと返ってきた。アプリに最初から付属で装備されている何の味気もない親指が立っているだけの雑なスタンプ。

 のび太がまだ生きていることがその時になって初めて実感出来た気がして、俺は涙を流さんばかりに小躍りしていたら、小町にこっぴどく怒られた。


 のび太から返信があったことが嬉しくて、蜂屋さんにもそのことを長文で伝えたのだが、思いの外そっけない対応だった。その時はとても不審に思ったのだが、後々聞くと実はのび太と蜂屋さんはこっそりと連絡を取り合っていたらしい。

 蜂屋さんが俺にそれを告げなかったのは、のび太に固く口留めされていたかららしいが、じゃあのび太はなぜ俺に知られたくなかったのかというと「九郎には弱っている自分の姿を見せたくなかったから」という子供のような理由だった。……お前な、お前のそのクソどうでもいいプライドのせいで俺がどれだけ道を踏み外しそうになったかだな!……と説教してやりたくもなったが、まあしばらくは止めておいた。またショックで引き籠られては敵わないので。




 それから少ししてのび太はしれっとウチを訪ねて来た。

 引き籠っている間に死ぬことを考えたこともあったという。俺にはその気持ちが完全に分かったわけではないけれど、のび太の真剣な気持ちは伝わってきた。


「だけどさ、そしたら九郎がアイツらとケンカして、勝ったとか送って来るんだもん。笑っちゃって自分が死ぬとか考えてたのが馬鹿らしくなったよ」


 もちろんのび太はヤツらに復讐して欲しいなんて気持ちはさらさらなかったそうだ。それよりも危険なことに俺が首を突っ込むことを危惧していたそうだが、それでも徐々に変わりゆく状況を知り気持ちを切り替えていったそうだ。

 俺の行動は見当違いのものだったかもしれないが、確かにのび太を救ったのだ!


 その後のび太はすぐに別の通信制高校に編入した。

 元々優秀なのび太のことだ。高校が変わったとしても目標である慶光大学への合格には同じ道のりなのだろう。

 その姿を見て俺も自分の目標を再度確認することが出来た。


 アキラ・飯山・允生のヤンキー3人衆たちは中々に大変そうだった。

 允生までもが俺に負けたことが大問題になっているようだ。梵具会の他のメンバーに示しがつかねえじゃねえか!責任をとれ!シメろ!……そんな声が出て来て、学校でもオチオチ普段通りの生活は送れていないようだった。允生自身が言っていた通りの事態、まさに蒔いたものが返ってきたわけだ。


「大変そうだな。良かったらケンカのやり方教えてやろうか? 」


 と半ば冗談のつもりで言ったのだが、允生にはマジでキレられた。


「これは俺たちの問題だ。ガリ勉が首突っ込んでくるんじゃねえよ! 」


 とのことだった。

 俺は允生にどこか感謝している部分もあったから、むしろ少しくらい頼ってくれても良いんやで……という気持ちもあったのだが、あまりの気迫にそれ以上何も言うことは出来なかった。

 結局卒業までヤンキーたちのゴタゴタは続いていた。本当に難儀なヤツらだと思う。






 季節はあっという間に過ぎた。

 いつの間にか夏は過ぎ秋はその訪れも知らせずに冬を迎えた。

 もちろん俺たちにとっては季節の移り変わりを楽しんでいる余裕は無かった。大学入試という一大イベントに向けて机にかじりつくだけの日々だったからだ。

 その甲斐あって、俺も蜂屋さんものび太も念願の慶光大学に合格することが出来た。本当に嬉しかった。様々なゴタゴタも苦労も全てが報われたような気持ちだった。

 ヤンキー3人衆たちは結局卒業間近までゴタゴタしていたが、アキラはヤンキーの先輩の紹介で就職したようだ。一方の飯山は親が元々会社をやっているようでその点は安泰だったようだ。

 そして允生は何を思ったのか「プロの格闘家になるために東京に行く!」などと卒業間近に言い出し、本当東京に行きを決めてしまった。




「ガリ勉、俺がプロになったらリベンジするからな。覚えとけよ」


「……バカかお前は? プロ格闘家が一般人殴ったら犯罪に決まってんだろ?」


 俺の至極な正論に允生は興ざめしたように鼻を鳴らした。


「……ま、俺が世界チャンピオンになったら精々自慢して良いぜ。『三井允生に俺は学校の屋上で殴り合って勝ったことがあるんだ! 』ってな」


「……バカ、そんなもん誰が信じるんだよ」


 允生が格闘家として大成出来るかどうかなんて俺には分かるわけもないが、もし仮にコイツが本当に格闘家として有名になったとしたら、普通の一般人の俺がそんなことを主張するのは荒唐無稽もいいところだろう。


 でも允生の気持ちも少しは分かる気がした。

 殴り合ったことでしか見えなかったもの、分かり合えなかったこと、気付けなかったことは沢山あるだろうし、あの空間と時間の中にいる自分こそが本当の自分だったような気も少しだけする。


 ま、俺はもう二度とケンカはしないけどな。






 (完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モブキャラだった俺は受験勉強の息抜きにヤンキー狩りを始めました。 きんちゃん @kinchan84

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ