26話 敗戦
渾身のワンツーだった。
足の踏み込み、下半身からの力の連動……練習してきたことが見事に体現出来たパンチで、自分としては間違いなく100点満点だったと言っていい。
だが允生は俺のワンツーが来ることも予測していたかのように避けた。
今度はダッキング(屈んでかわす方法)にだ。
「良いパンチだな、ガリ勉君。目の前で見ると思っていたよりもずっと速いぜ。どこで習った?つーか律儀だな」
(……クソ)
允生は昨日の飯山との闘いを見ていたのだ。俺の動きが頭に入っているのだろう。初見だったら俺のワンツーも当たっていたかもしれない。
……などと愚痴っても始まらない。目前の允生の動きに集中する。
「じゃあ、俺もガリ勉君を真似てボクシングをやってみよっかなぁ~」
「いったれ!允生! 」「なめてんじゃねーぞ、ガリ勉! 」
允生の一言を、後ろのヤンキーたちが増幅させたかのように大きくする。
允生が踏み込んできた。だがまだパンチを出しては来ない。両の拳は依然として顔の近くに構えられたままだ。
ビシ!
突然目の前に星が飛んだ。
……え、今何をされた?允生が攻撃してきたのか?
今一度允生を注視してみても先ほどと構えは変わっていなかった。
落ち着け。一度距離を取って態勢を立て直すんだ……。
ビシ。
今度はアゴの辺りに衝撃が走り、少しだけ頭がふらついた。
「相手は見えてねえぞ! 」「そのまま殴り殺したれ、允生! 」「おら楽勝だ! 」
ヤンキーたちのガヤによって俺はやっと允生のパンチを受けたことを知った。
だが目の前の允生を俺はずっと注視していたはずだ。パンチを出してきた様子は見えなかった。本当に殴られたのか?……もしかしたら周りのヤンキーたちが石でも投げてきたんじゃないだろうか?
「……んだよ、まだ分かってねえのかよ、ガリ勉君。キミ攻撃は良いけどディフェンスは全然ダメだな。まあキミとは所詮気合が、違うんだよ! 」
最後の語気が強くなったことで、攻撃が来ると俺は本能的に悟って両手を上げてガードを固めた。
ボゴ。
「……グッ」
俺の意志とは関係なくうめき声が俺の口から洩れた。
今度の攻撃は顔面ではなく腹に来たものだった。初めての衝撃に胃液が上がってくるのが自分で分かった。
「へへへ、残念だったな。毎回上とは限らねえよ」
(……クソ!何が気合だよ。バリバリのテクニックじゃねえかよ! )
クソ、明らかにコイツは付け焼刃で身に付けた俺よりもテクニック・経験において上回っている。
……だがまだだ!
勝負事というのは必ずしも強い方が勝つわけではない!勝負には常に不確定な運の要素が付き纏う。その運を見方に出来るのは諦めずに粘り続けた者だけなのだ。
俺はガードを上げながら允生に突っ込んでいった。
ボゴ。
今度はジャブを腹に当てられた。だがそれにも構わず俺は前に出てワンツーを放った。腹へのパンチは予測して腹筋を固めておけばそこまでのダメージはない。最初の一撃は予想していないタイミングでの攻撃だったから効いたのだ。
だが決死の覚悟で放った俺のワンツーは、残念ながら允生のサイドステップによって右後方にかわされた。
(……まだだ!)
俺はこのワンツーの後さらに右足を前方に送り、前に進んでいた。
允生の後ろはすでに屋上のフェンスだった。ここまで追い込めばヤツのスッテプワークも発揮するスペースがないはずだ。
さらにじりじりと圧力を掛けて允生をコーナーに追い込んでいく。俺は何発かのパンチをもらい多少のダメージを受けていたが、それでも圧力を掛けているのは俺の方だった。やはり多少の体格差が有利に働いているのだろう。允生のパンチはとても速いものだったが、一発でKOされるほど強烈なものではなかった。飯山のぶちかましの方が圧倒的恐怖を感じたものだ。
「……スゲー気合じゃん、ガリ勉君……」
追い込まれているはずなのに、允生はまったく最初の頃と同じようにニヤリと笑った。
「……うるせえ」
コイツの何もかもが気に入らなかった。
余裕ぶっている今の姿も、普段のニヤケた顔も、昨日の飯山に対する狂気も、そしてヤンキーなどという存在でありながら俺とどこか対等に接しようとしてくるその姿勢も……全てが癇に障った。
俺は渾身のワンツーを放った!
だが避けるスペースのないはずの允生は、頭を振っただけで俺のパンチを空に切らせた。
(……だがな、本命はコッチなんだよ! )
ここまでの経験でパンチが当たらないことは何となく予感していた。
俺の本当の狙いはパンチで上に意識を向けさせてからのローキックだ!
もう一度、左足をしっかりと踏み込んで蹴られた右ローキックが允生の左膝辺りに走っていった!
「おっと」
避けるスペースなどないはずだったが、允生は軽く左足を上げて俺のローキックに合わせた。
「……グッ」
声を漏らしたのはまたしても俺の方だった。
蹴った右スネがジンジンと痛んだ。ダメージを受けたのは攻撃を仕掛けたはずの俺の方だったのだ。
「……カットって言うんだよ。こうやって相手の蹴りをスネの骨の一番固い所で迎え撃つような感じだな」
「……黙れ」
そんな能書きに耳を傾けていられるほど俺は優等生じゃない。再度俺は踏み込んでいった。
だが蹴りを捌きながらコーナーを脱した允生は、バックステップで広い中央のスペースに逃げていった。
「ガリ勉君も良い狙いなんだけどよ、まだまだ雑なんだよな。もっと打撃はコンパクトに打つんだよ。……こうやってな! 」
(来た! )
今までの単発のジャブとは違った、もっと強い踏み込みだということが瞬時に分かった。
俺は攻撃に備え反射的にガードを上げる。
ガッ!
允生のワンツーだった。
最初のジャブはガード出来たものの、右ストレートはガードの隙間をすり抜けて顔面に入ってきた。
……いや、弱い!あの踏み込みならば体重の乗せられた右ストレートはもっと……3倍くらいの威力が無くてはおかしいはずだ?
ドゴッ!
……思考が巡るよりも早く次の衝撃が来た。顔面にではなく右の脇腹だった。
呼吸が出来ない!経験のない衝撃に俺は焦った。
とりあえず次の攻撃をボディに受けてはだめだ……そんな無意識が俺の身体をくの字に折り曲げた。
ガチッ!
一呼吸置いてから、今度はアゴに衝撃を受けた。野球ボールが思いっ切りぶつかってきたのかと思うような衝撃だった。
パニックになりながらも、俺はそれが允生の右ストレートだということを理解した。
自分の脚が自分のものではないかのように力が入らず、俺は立っていられなくなった。
(……クソ!まだだ! )
俺は床にへたり込んだ自分に喝を入れようとしたが、その意志に反して脚は言うことを聞いてはくれなかった。立てない。
「……あんま調子乗るんじゃねえぞ、ガリ勉。お前とは住む世界が違うんだよ」
頭上から允生の声がした。
それに続き、周囲のヤンキーたちがワーワー何やら言っているのが朧気に聞こえた。
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