27話 明日の決心

 それからの俺の記憶は曖昧だった。

 周りを取り囲んでいたヤンキーたちが、やたら盛り上がっているのが分かった。

 このままフクロにされて殺されるのか、大怪我を負わされるのか……そう覚悟したが、ワーワー言っている割にヤンキーたちは倒れている俺に手を出しては来なかった。

 



 気付くと俺は蜂屋さんの手を借り教室に戻っていた。

 少し経つと意識ははっきりと戻った。心配そうに俺を見る蜂屋さんの視線がとても痛く感じられた。

「とりあえず病院に一緒に行きましょう」という彼女を強引に先に帰した。この時の俺は本当に嫌なヤツだったと思う。100%の善意で言ってくれている彼女のことが鬱陶しくて仕方なかったのだ。とにかく俺は早く1人になりたかった。

 言葉にこそ出しはしなかったが俺の気持ちは伝わったのだろう。心配そうな表情のまま蜂屋さんは先に帰っていった。


「……じゃあ、無理しないでくださいね、九条君」


「……ああ、ありがとう」


 彼女は最後に微笑んで別れを告げた。

 その微笑みがとても彼女にムリをさせているようで、余計に俺は惨めな気持ちになった。






「……クソ、クソ、クソ!!! 」


 何とか帰宅した俺は真っ先にシャワーに向かった。

 熱めのシャワーを浴びていると、気持ちの方も落ち着いてきたようだった。そしてそれゆえに色々な感情が込み上げてきた。

 明日からどうすれば良いのだろうか?なぜ俺はケンカなどに巻き込まれてしまったのだろうか?のび太の事件に対して俺のしたことは正しかったのだろうか?

 でも収束するところは一つだ。『なぜ俺は允生に負けてしまったのだろうか? 』それに尽きる。

 この惨めな気分も、浮かんでくる様々な感情も、全ては俺が負けたことが原因なのだ。允生に勝ってさえいれば今頃俺は全然違った景色を見ていたはずだ。


(……いや、だが今日の俺が允生に勝てたのか? )


 バスタブにお湯を張りその中で顔をゴシゴシとこすっていると、ふとそんな言葉が浮かんできた。

 たしかに今回のケンカは允生に用意された舞台であり、俺にとって準備不足だった。予定外の多数のヤンキーに囲まれて平常心を失っていた。前日の飯山との闘いで消耗していた部分もあったかもしれない。……でもそういった要素がなければ允生に勝てただろうか?


(……多分、勝てないだろうな……)


 冷静にケンカ中の光景を思い出せば思い出すほど、そんな気がしてきた。

 事前に予想した通り、允生のスピードもパワーもそれほどではなかった。どちらも純粋なパラメーターで言えば俺の方が上だろう、という気がした。

 ではなぜ俺は負けた?

 それは間違いなく経験の差だろう。アイツのケンカ自慢はハッタリではなかったということだ。俺の出す攻撃は全てアイツに読まれていたし、アイツの方が俺よりも多くの技を持っていた。技が多いということは選択肢を多く持てるということだ。

 選択肢が多いというのは相手にとってみれば厄介なものだ。

 足の速いドリブラーというのは嫌なものだが、絶対にドリブルで仕掛けてくると分かっていれば対応はそれほど難しくない。パスもシュートも出来て何を狙っているのかまるで分からないFWの方が厄介だ。というかそんなヤツはお手上げだ。


(……じゃあどう対応すれば良かった? )


 もう一度允生との場面それぞれの光景を思い出してみた。だが冷静になって思い返してみても、確信の持てる答えは一向に出て来なかった。

 勉強ではこんなを経験したことはなかった。どんな難問に出会っても一度経験してしまえば答えはすぐに導き出せた。俺にとってこんなに答えが出てこないことは初めてだった。




「ちょ……お兄、その顔どうしたん?ヤバくない? 」


 風呂から上がると小町がすぐそこの洗面台の前にいた。

 ……いや、お前は思春期女子としてだな!裸の兄に対して少しは慌てるなり恥じらう姿を見せるなりだな!……などと一瞬思ったが、そんなつまらない普通の女子とは一味違うのが小町の魅力なのだ。どんな時でも冷静で本質を見抜く最高にクールな妹だ。


「……ああ、ちょっとドッジボールでぶつけられてしまってな」


「え、ウソ。マジで? 」


 小町は一瞬戸惑った様子だったが、俺が小町の眼を見て頷くとそれ以上は追求してこなかった。

 聡明で空気まで読める大人びた妹だ。あととても可愛い。


「今日お母さん夜勤だって。ご飯先食べてるからね」


「ああ、服着たら俺も行くよ」


 母親は看護師をしている。現在は非常勤なので毎日働き詰めというわけではないが、シフトの都合でこうして夜勤をしなければいけない時もあるようだ。父親は仕事なのか仕事後のノミニケーションなのかは分からないが、連日帰宅は遅い。


(……ドッジボールはないよな? )


 鏡に映った自分の顔を見て、あまりの言い訳の下手さに笑ってしまった。

 高校生にもなってドッジボールというのはそもそも考えづらいし、俺の顔面の傷はもっと小さくて複数個所にわたるものだった。……というか学校のドッジボールでこれだけの傷が作られたのであれば、学校側の責任が問われるだろう。


 風呂から出て、小町と一緒に母親が用意してくれていた飯を食べた。

 こんな時でも飯を食べられるのが自分自身意外だったが、食べ始めると不思議と喉を通った。我ながら現金なものだと思った。


 食べ終えると俺は早々に自室に引き上げた。


(明日から、どうなるのだろう? )


 小町と一緒に食卓を囲み、テレビの音に紛れていた時は気にせずにいられたのだが、薄暗く無音の自分の部屋に戻ると不安が広がっていった。だけどそれを紛らすために音楽や映像を流す気にもなれなかった。


 允生にボコられている飯山の姿が浮かんできた。

 允生に倒されてから周りを取り囲むヤンキーたちの姿が浮かんできた。

 そしてのび太の顔が浮かんだ。

 明日は我が身とはこのことだろう。今のところヤンキーたちの一般生徒たちへのイジメというのはあまり表沙汰にはなっていない。ヤンキーたちも昨今の時勢に合わせているのかもしれないし、そもそも一般生徒に手を出すのがダサいという風潮が彼らにもあるのかもしれない。だが一般生徒に対するイジメがないわけがない。海堂のび太はそのために退学させられたのだ。

 当然次は俺の番だろう。単にヤツらの気に入らない態度を取ったなどというレベルではない。久世アキラと飯山という2人を俺はケンカの末に殴って土を付けたのだ。やつらの面子を保つために徹底的に復讐しろ!となっても何らおかしくはない。いや間違いなくそうなるだろう。今日それをしなかったのは、むしろ時間を掛けてじわじわと追い込んでくる計画なのかもしれない。


 だけどもう俺の心は決まっていた。明日は学校に行く。

 これは意地の勝負なのだ。



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